ただ、あの壇上に登りたいだけだった

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 向坂(さきさか) 詩織(しおり)とは、高校に入学してすぐの頃に仲良くなった。  波長があっていたのだと思う。色白で大人しい彼女は、教室の隅の方でひっそりと読書することを好むタイプだったから。  クラスの中でもとびきり地味で冴えない私たちは、スクールカーストでいうところの、おそらく底辺だった。教室の真ん中を陣取って話題のテレビ番組や音楽のことをきゃぴきゃぴと語るクラスメイトたちを横目に、私と詩織は、虫も殺せなさそうな控えめの声量で好きな小説の話をしていた。  高校に入学してから三か月が経ち、じっとりと汗ばむ季節になった頃には、すっかり詩織のことを信頼しきっていた。彼女にならば、秋に開催される文芸コンクールに参加するために小説を書きはじめたことを打ち明けても良いと思ったのだ。  詩織は『へえ! ふみちゃん、自分でも小説を書きはじめたんだ。ねえ、良かったらだけど、書きあがったら読ませてもらっても良い?』と黒目がちの瞳を輝かせてくれた。  それが嬉しくて嬉しくて、勇気を出して打ち明けてみて本当に良かったなぁって、私は馬鹿みたいに浮かれていた。  今にして思えば、思い出しただけで胃をかきむしりたくなるような忌々しい記憶だ。  だってあの子は、口では『すごいね!』なんて調子の良いことを言いながら、心の中ではずっと私のことを見下していたに違いないんだから。
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