ただ、あの壇上に登りたいだけだった

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 頬を切る風が凍てつくように寒くなった冬、すべてが壊れた。  詩織が、私に内緒で文芸コンクールに参加していたことが発覚したのだ。  全校生徒が一堂に会する体育館の中。文芸コンクールの最優秀賞受賞者として厳粛にその名を呼び上げられ、体育館の壇上に上がったのは、私ではなく詩織だった。  あの子は、私が手にするはずだった栄光を掻っ攫ったのだ。  私と同じ立ち位置にいたはずの詩織は、その日から、瞬く間に注目と称賛の的となった。   普段は小説なんてろくにも読みもしないはずのクラスメイトたちもこぞって『向坂さん、すごいね! ねえ、今度、小説を読ませてもらえない?』と彼女の周りに集まるようになった。  詩織が困ったように眉尻を下げながら『ごめんね、ふみちゃん。信じてほしいんだけど、わざと黙ってたわけじゃないんだよ。ただ、頑張っているふみちゃんを近くで見ていたら、わたしも書いてみたくなっちゃって……その程度の軽い気持ちだったから、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったの。ねえ、ふみちゃん。怒ってる……?』と怯えたように尋ねてきた時、『なんで? おめでたいじゃん。怒るわけないでしょ』と口にしながら、うまく笑えないでいた私ほど惨めな人間は他にいなかった。  内心は嫉妬で身体中が焦げつきそうなほどに苦しかったけど、そうかといって、気の弱い私は表立って詩織を見限ることもできなかった。    だけど、文芸コンクールのことなんて毛ほども気にしていない演技をし、栄光を手にした詩織の隣で笑顔を取り繕う日々はやっぱり大変な苦痛だった。  高校二年生になって、やっとのことで詩織とクラスが離れた時、悲しいぐらいに安堵している自分がいた。
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