ただ、あの壇上に登りたいだけだった

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「今年の映えある文芸コンクール最優秀賞は、二年A組の佐藤 文佳さんが書いた『虹のイルカ』です」  体育館の壇上から、全校生徒の前で校長先生に自分の名前を読み上げられた時、夢を見ているのかと思った。呼吸が浅くなり、胸の動悸が激しくなる。全身がガタガタと震えてきて、うまく息ができない。  これは、私が夢にまで見た栄光だ。  だけど現実になってしまった今、これが夢だったらどれほど良かっただろうと絶望している。 「佐藤さん、おめでとうございます!」  くらくらとしながら、やっとのことで壇上にのぼる。校長先生の朗らかな笑顔を目の当たりにした時、背筋から滴り落ちる冷や汗が止まらなくなった。   「すごーい! 佐藤さん、おめでとう!!」 「へー。向坂さんだけじゃなくて、佐藤さんにも文才があったんだぁ」 「てかさ、二年連続でうちらの学年から最優秀賞出てるの何気にすごいことじゃね?」  やめて。  やめてやめてやめてやめてやめて!  『虹のイルカ』は、私の作品じゃない。詩織のアイディアだ!  私だって、最初は盗作なんてする気はなかった。だけど、あのノートを開いたら、雄大な海のように豊かな想像が流れこんできて魔が差した。干乾びた砂漠のような想像力に、雨が降ったようになって、だから、だからつい!   どんなに自分の中で言い訳を重ねても、時は戻らないし、犯した罪も消えない。蒼白になりながら、いま私の罪を唯一裁けるあの子の姿を、追い立てられるように探す。    二年B組の列に並んでいた詩織は、不気味なほど穏やかな笑みを浮かべながら、静かに私を見つめていた。  
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