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ある日、俺と颯斗は彼女に呼ばれてあの駅前まで来ていた。
「佳英ちゃん、なんか思い出した?」
佳英は自分が交通事故に遭ったその場所を見つめ、首を横に振った。
「私は一体、誰に向かって走っていたんでしょうね」
佳英は走っていたことを覚えていたのに、なぜ走っていたのかを覚えていない。彼女はきっと誰かを待たせていたからだと思ったらしい。
その誰かに詫びなければならないと、彼女はその現場に居合わせていた俺らにこの場所までついてきてほしいと頼んできたのだ。
「まあ、無理に思い出さなくてもいいんじゃないか?」
その誰かである俺は、待つと決めていた。彼女が、思い出してくれるまで。
だから……
「もし誰かを待たせていたとしたら、その誰かから連絡くるはずだろ? でも、誰からも連絡きてないなら……」
「そっか……そうですよね」
腑に落ちないのか不思議な顔をしたまま、彼女は事故現場を見つめた。
俺はあの日、俺が立っていたあの場所を見つめていた。
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