70人が本棚に入れています
本棚に追加
老舗ホテルのスイーツブッフェ。クリスマスを先取りした店内は、赤や緑に彩られ、子供の頃のワクワクした気持ちを思い出させる。
それでも大人な俺たちは、グラスに注がれたウェルカムシャンパンを掲げた。
「付き合って1年、おめでとう」
「違うよ。1年と8ヶ月、でしょ?」
「え?」
俺はシャンパンを掲げたまま固まった。
「私たちが出会ったのは、桜の季節。でしょ?」
尚も動けない俺に向かって、彼女はにこやかに話続ける。
「さっき、待ち合わせの場所で走ってたときに思ったの。私があのとき走って会いたかったのは、きっと雄嗣だったんだって。そしたら、記憶が急に溢れてきて……。今日ここに来たのだって、去年の約束を果たすためだったんで…………雄嗣?」
彼女の瞳が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「どうして泣いてるの?」
言われて気がついた。頬を伝う冷たいその存在に。
「あはは、涙ほど雄嗣に似合わないものはないね」
「わ、笑うな!」
俺はシャンパンを持つ手と反対の手で、目元をごしごしと拭った。
「珍しいから写真でも……」
「やめろ」
「あははっ! ねぇ、雄嗣……」
「ああ゛?」
スマホを構えている佳英に思わず睨みをきかせたけれど、目の前にいたのははにかみながらモゴモゴと口を動かす彼女で。
「……忘れてごめんね。それでも、また一緒にいてくれてありがとう」
「当たり前だろ、俺は……」
口を開いたら思ったより涙声で、俺は口ごもった。
佳英は俺のシャンパングラスに無理矢理自分のグラスを合わせた。
「なんだかよく分からないけど、乾杯っ!」
佳英は早口で言う。
「ほら、早く行かないと……またお皿てんこ盛りのケーキ、食べるんでしょ?」
「ああ……」
佳英は立ち上がる。そのままブッフェコーナーへ向かおうとする彼女の腕を、掴んでいた。
「え?」
俺はそのまま彼女を腕の中に抱き寄せた。
「……おかえり、佳英」
「…………ただいま」
彼女の手が控えめに俺の背中に回る。
幸せだと思っていた。だけど、俺はもっともっと幸せになった。
「ありがとう……好きだ、佳英」
「うん……あの、さ」
佳英の手が軽く俺の背中を叩いた。
「スイーツ、取りに行こ?」
その声で俺は我に返った。腕を解くと、佳英はふいっと背を向けて足早にブッフェコーナーへ向かっていく。
俺は席についてシャンパンを一気に喉に流し込んだ。頬が熱くなったのは、きっと酒のせいだ。
横目でチラリとブッフェコーナーを見ると、楽しそうにマカロンを皿に乗せる佳英。
1年8ヶ月という、中途半端なこの日が、俺たちにとってかけがえのない大切な記念日になった。
最初のコメントを投稿しよう!