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それから何日かが経った。隣の部屋の彼女は、まだ帰ってきていないらしい。
「会いに行ったところでさ、雄嗣に何ができる? 俺とお前は付き合ってたんだ、なんて言って彼女を混乱させるの?」
俺の部屋で淹れたブラックコーヒーを飲みながら、颯斗はそう言った。
颯斗の言葉はキツいけれど、正直その通りだ。ただのお隣さんに戻る方が、彼女のためだ。運が良ければ、そのうち俺のことを思い出してくれるだろう。
だから、俺は……
ーーピンポーン
突然の来客に、俺は渋々玄関へ急ぐ。
「あ、あの……先日は助けていただいたので、そのお礼にと思いまして」
うつむきながら、挨拶に来てくれたのは愛しい彼女。俺は夢のようなこの状況をうまく飲み込めなくて、固まった。
「あ、佳英ちゃーんっ! さっきぶりっ♪」
「颯斗さん、いらしてたんですね!」
いつの間にか俺の後ろに颯斗が立っていた。
「颯斗さんから、伊達さんはこれが好きってお伺いして」
『伊達さん』なんて初めて呼ばれた。
彼女に名を呼ばれたのは、俺じゃない俺。そう思ったのに、懐かしい香りが鼻をくすぐる。シナモンの甘い香り……
「……アップルパイ?」
「よく分かりましたね! よっぽどお好きなんですね……ふふ」
他人行儀なのに、その笑みが俺に向けられてるだけで心が踊った。
そんな俺の心を読んだのか、颯斗が俺の後ろから肩にもたれて言った。
「あがってよ、佳英ちゃんも一緒にお茶にしよう?」
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