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リビングに佳英と颯斗を残し、俺はキッチンで佳英の持ってきたアップルパイを切り分けた。同時に、ハーブティーを淹れた。
俺の特製、はちみつ入りのハーブティー。
「どーぞ」
俺はハーブティーを佳英に差し出す。初めて彼女が俺の家に来たときのように。
「ありがとうございます」
そう言って微笑む佳英は、やっぱり佳英だ。俺は彼女の顔を直視できずに、ふいっと顔をそらせた。
その瞬間、彼女は思いっきりむせたのだ。
「あっまー!」
颯斗は彼女の隣でケラケラ笑う。
「ちょ、どんだけ砂糖入れたんですか?」
「砂糖じゃない、はちみつだ」
その瞬間、彼女が初めて家に来たときの記憶がフラッシュバックする。
同じだ……あの時と。
「颯斗、お前もしかして……?」
颯斗はニヤニヤしながら俺に向かって、意味深にピースサインを向ける。佳英だけが不思議そうにキョトンとしていた。
「そういえば、不思議なんですよね」
アップルパイにフォークを入れながら、佳英は言った。
「私、お菓子なんて簡単なのしか作れないと思ってたのに、なーんかレシピ見なくてもちゃちゃっと作れちゃったんですよね……これ」
フォークの先に乗せられた甘い匂いのそれに、純粋な瞳が寄せられる。
「そーなんだ?」
「はい……あ、よかったら颯斗さんも食べてくださいね」
「あ、俺はそれを甘いのダメなんだよね~♪ だからそこの、態度悪そうな大男に全部あげちゃって☆」
「…………」
颯斗と佳英の会話を聞きながら、俺は黙々とアップルパイを口に運んだ。
美味しい、俺の、大好きな味。口を動かしていないと、堪えている涙が溢れてしまいそうだった。
「美味しい、ですか?」
「ああ」
佳英の問いかけに、そう答えるのがやっとだった。
「良かったね~佳英ちゃん!」
颯斗の笑みを含んだ声が聞こえるけれど、顔をあげることはできなかった。
「でも不思議だね~、レシピも見ないで作れるなんて。もしかして、何か大切なこと忘れてたりして?」
「おいっ!」
「おっと~」
俺が声をあげたから、佳英は少し驚いた顔をした。俺はすぐに目線を下ろして、ただ黙々とアップルパイを頬張った。
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