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「今日、お昼には帰るよね?」
「ん」
「みんなで食事しようって、お父さんが言ってたよ。久しぶりに外食だって。お兄ちゃんも呼んで」
「ふーん」
気のない返事を返すと、愛香はムスッとして洗面所を出ていった。
家族で外食。確かに久しぶりだった。
でも嬉しいかと聞かれたら、別にどうでもいいや、というのが本音だ。家族が集まっても俺にいいことなんてない。
名目上俺の成人祝いだけど、きっとなかなか実家に帰れない優秀な兄の話で盛り上がって、それで俺には誰も何も言わない。
楽ではあるけれど、面白いわけでもない。でも別にいいんだ。俺にはその程度の扱いがちょうど良いのだ。
なんて、やっぱりちょっと卑屈になりながら、成人式の準備を済ませる。スーツに革靴、アホみたいな面に似合わない、上品な柄のネクタイ。
母親になんだか小言を(馬子に衣装ねとか、今日くらいシャキッとした顔しなさいとか)言われながら家を出て、父親に会場まで車で送って貰った。
「律、本当におめでとう」
車を降りる時、父親が改まった口調で言った。フレームの細いメガネの向こうの父親の眼は、本当に嬉しそうだった。
「ん、ありがとう。じゃあ、また後で」
父親はニッコリ微笑んできた道を戻る。
会場のロータリーは、前日に薄く積もった雪と、朝から降っている小雨のせいでドロドロだった。おろしたての革靴の心配をしながら入り口へと向かう。
受付で葉書を出して、濃いピンクのコサージュを付けられたり、案内の書いた紙をもらったりしていると、中高の同級生が来て合流。
式自体は、なんのビックリもなく進んだ。
誰かが悪ふざけで壇上に上がったりだとか、そんなこともなくて。ただボーッとしている間に、いつのまにか終了していた。
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