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俺は呆れてため息も出なかった。
有澤はいわゆるヤリチンというやつで、男女問わずワンナイトラブを楽しんでいる。バカみたいな話だけど、今までヤった人数を数えているのだ。
男何人、女何人と。
その記念すべき男100人目は、なんでか俺がいいらしい。
「もしかして、あの日から男とはヤってないの?」
あの日というのは、つい3ヶ月ほど前の合コンで、酔っ払った有澤が俺をホテルに連れ込んだ日のことだ。
「そうだよ。俺とホテルまで行って、ヤらなかったのはお前だけだ。傷付いたよ」
「いや、そうは言っても」
俺は確かにゲイかもだけど。有澤は友達だし。初めてだし。そりゃ緊張してしまったわけで。
「だからさ、俺の記念すべき男100人目は律って決めてんの」
「いやなんだけど」
ショック!という顔をする有澤が何か言う前に、「中村律さん」と名前を呼ばれてホッとした。
診察室にはまだ若そうな男の医師がいて、優し気な顔で「どうぞ」と椅子を進めてくれた。背後に控えた女性看護師は、どう考えても有澤を見つめている。
「転んで頭を切ったの?」
有澤と2人がかりで抑えていたハンカチを取ると、どうやら血は止まっているようだった。医師が立ち上がって傷口を熱心に観察する。
「はい。大学の講義室で。あの、縫ったりとかしなきゃダメですか?」
ビクつきながら尋ねると、医師はニッコリ微笑んで首を振った。
「そんなに怯えなくても大丈夫。これなら縫う必要はないよ」
思わず肩から力が抜けた。
恥ずかしながら俺は痛いのが苦手だ。血を見るのも、できることなら避けたい。
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