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「良かったなビビリくん」
「うるさいな」
後ろから茶化してくる有澤の脛を軽く蹴る。苦笑いの医師が、手際良く傷の処置をしてくれた。
「せっかく助けてやったのに!次は助けてやんねぇぞ!」
「そんな頻繁にこけないから」
「とか言ってさ、昨日も学食で丼ひっくり返したろ。それも何もないとこでつんのめってさ。一昨日は階段から落ちかけるし、ここ最近マジで鈍臭いよ」
「っ、そうだけど!!気をつけるっつーの!!」
有澤の言うように、昨日は丼をひっくり返した。その前の日も、その前も、不運なことが続いている。
まるでマリオネットの糸が突然切れてしまったように、時々カクッと足の力が抜ける感覚があった。
それは思えば、成人式の日の朝、家の廊下で転んだ時から続いている。
「何もないところで転んだの?」
処置を終えた先生が、ゴム手袋を外して銀のトレーに置きながら言った。
「まあ、はい。最近多いんですよ、なんかこう、足がカクってしちゃって。あ、でももともと鈍臭いんですけどね」
「そうなんだね……他になにか気になることないかな?」
無いですよ、と軽く返事をしようとして、でもできなかった。
目の前の先生の表情が、笑顔だけど少し硬いことに気付いてしまった。
「えっと、特には、無い、です……」
「ちょっと触ってもいいかな?」
優しい笑顔を崩さない若い先生に感謝したい気分だった。もし深刻な顔をされたら、ビビりな俺は逃げ出したかもしれない。
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