no.2

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no.2

朝、力が教室に入ると、取り巻きに囲まれた伊吹の姿が真っ先に視界に入ってきた。 力は数人のクラスメートと挨拶を交わしつつも、意識は廊下側後ろの席の賑やかな一団にあった。 長い腕を椅子の背に掛け、長い脚を伸ばし、ゆったりと周りの会話に耳を傾けている桂伊吹。自分を押し出して話すタイプの男ではないが、口を開けば、周りの目を一瞬にして自分に向けさせることができる、華のある男だった。 きっと、今朝の柴田との会話のせいだ。力は視線を教室内のあちこちに逃してはみたものの、結局は、蜜に引き寄せられる蜂のよう、視線は伊吹に戻ってしまう。「俺が、インタビューって、一体、何を聞けばいいんだろう。」 格好良くて、成績はトップ、スポーツもできる男に聞くことなんて、誰もが羨む話でしかないだろうと、そんなもん、読んで誰が面白いのかと、力はため息を吐いた。窓際の後ろの席に着くと、いつも見慣れた雑多な風景に安堵した。 ーー柴田さんも、何で俺なんかに、、、 「よっ!早乙女!おはよ!おまえさ、昨日のお笑いグランプリ観た?!」 「あ〜、観たよ。やっぱり、ホットドックマンが一番、面白かったよな。」 クラスメートのハイテンションに相づちをしながら、適当に会話を続ける一方で、どうしたことか、今日は磁石の引力のように視線は伊吹を捕らえてしまう。 ーーあれ?あいつ、今。。 騒ぎ声の絶えない輪の中心の伊吹の顔が、一瞬、陰りを見せた、、、気がした、、、 ーーそう言えば、あいつ、あの日も、あんな顔してたよな。。 入学式。春風に校庭の桜が舞い散ると、あまりの美しさに力の目はゆらり揺れる花びら一枚一枚を目で追った。 流れる視線が、一本の大きな桜の下で止まると、そこに、散りゆく花びらを見上げる一人の寂し気な面持ちの青年がいた。 桂伊吹。祝福モードの春の日に、一人、浮きだって、朧気だったことを覚えている。 入学後、あの憂いを帯びた伊吹の表情は、ちょっとした感傷が見せた幻ではなかったかと思わせるほどに、彼はいつだって、人の輪の中に居た。 きらびやかな建物が建ち並ぶ街より、どこか物悲しい裏通りが好きだ。力自身、何がきっかけで、このような嗜好になったか分からない。どんな人でも言えるのではないか?日常の他愛もない事の連続が自分を創る。 「早乙女、聞いてんの?俺の話し。」 「あっ、あ、聞いてる。聞いてる。で、誰が優勝したんだっけ?」 「だから、それ、話ただろ!」 頭の中は完全に伊吹に占領されてしまっていた。その気まずさを取り繕うように、力はクラスメートに笑ってみせた。 ーー柴田さんの提案、受けてみよう。 伊吹のもう一つの姿に自分が透けて見えた気がして力は彼と上手く話せる気がした。なんとなく、きっと。
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