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no.4
一週間後のある夜、柴田から連絡があった。
今週末、力の高校で、バスケの交流試合があり、地元紙掲載の素材を撮りに行くため、ぜひ、手を貸して欲しいとの誘いだった。力の返事は躊躇なくイエス。電話口の柴田の声が明るくて、思わず嬉しくなる。
電話を切り、ベッドに寝転ぶと、棚に置かれた魔法の鏡が視界に飛び込んできた。本やグローブ、小さなトロフィーやヘッドホンが煩雑に置かれたそこに、それは、天井の照明を反射し、小さく光っている。
「お前の出番は、なかなか、ないよ。誰かを好きになる気持ちすら、まだ、知らないのに・・・。」
小中野球ばかりの毎日で、恋だのなんだのと考える暇がなかったとばかり・・・思っていた。高校に進学し、誰しもが異性を意識するこの時に、意中の子ができたかと言えば、いない。女子に興味がないと認めてしまったら、目の前に引かれた人生のレールが一気に消え失せてしまいそう怖さはあった。が、恋愛モードのスイッチはオフ状態。アオハルなんてキラキラした世界から一歩も二歩も後ろに下がってしまっていた。
一度、クラスの女子に「早乙女って、女子に興味なさそう。。。」と言われた時には、本来の自分を露にされたようで、非常に居心地が悪かった。
「もしかして、俺って、人を好きになれない病気なんじゃないの?」
寝返りを打ち、携帯のアドレス帳を開く。男ばかりの連絡先。野球で苦楽を共にしてきた仲間とは、高校入学と同時に疎遠になってしまった。
唯一、親友と言える熊沢太一。
太一とは野球と言う繋がりがなくとも、好きなテレビや音楽、ゲームが一緒で、話があった。笑いのツボも同じで、よく、くだらない話で腹がよじれるくらい笑ったもんだ。
「あれ、太一から。」
数十分前に送られていた太一からのメッセージを慌てて、既読にすると、じっくり始めから読み返す。
"彼女、できた。"
わぁ、、、太一、できたんだ。
"同じクラスで、可愛い子。告白されて、付き合った。"
昔から太一は、女子にモテた。「早乙女、これ、太一に渡してくれない?」と小中、何度、恋の伝書鳩になったことか。
“今回は、長くなりそう“
ー付き合っても、すぐ、終わりを迎えるのが、太一の恋愛パターンだけど。
“力にも誰かいい子いないか、彼女に聞いてみてもいいぜ。“
誰かいい子か。。。その一言が力の胸にチクリと刺さる。
前に、一度だけ、太一と当時の彼女、その友達と、力の四人で、ダブルデートをしたことがあった。
その時の太一の彼女は一つ下の後輩で、その友達もしかり。そのため、共通の話題もあまりなく、かと言って、力に場を盛り上げる口術があるわけでもない。そんなわけで、人生初のデートは、年上のスマートさを発揮することもなく、非常に気まずく終了したのだった。
ー何の気遣いも出来なかった俺に、きっと、あの子は困ったはずだ。。。
うつむきがちで隣を歩く女子に気づかない振りをしたあの日。早く過ぎろと時間ばかり気にしていた、
“なぁ、なぁ、俺、力と付き合い長いけど、まだ、お前のタイプってわかんないんだけど。“
どんな子。。。考えたこともない。“自分を好きになってくれた子がタイプかな?“と、てきとうにリプライし、彼女出来ておめでとうと、キャラクターのスタンプを送り、携帯電話を置いた。
夕飯の匂いが漂ってきて、母が一階から、力を呼ぶ声がする。
「今、行く!」
ー俺って、冷めてるのかな。。。誰かを好きになるってどんな気持ちなんだろう。。。
ぐぅ〜
腹の虫が鳴り、力はベッドから身を起こすと、色気より食い気と、リビングに降りたのだった。
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