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no.8
「図書委員は2名選出になります。え〜っと、1名は桂くんと、」
紙切れを指に挟み挙手する伊吹をクラス委員長が指す。図書委員以外の係は全て出揃っていた。黒板の伊吹の名前の隣だけが、空いている。立候補で決まった係以外は、くじで選出のため、それぞれの結果に教室内は喜々鬱々とした声が交じりあっていた。
昼休みと放課後の図書室で受付に座る。ほとんど、誰も訪れることのない部屋で無為に時を過ごす。仕事としてはこの上ない楽な部類であったが、生徒達にはなかなか人気がなかった。貴重な昼休みを潰したくない者。放課後は部活動がある者。授業が終われば、すぐにでも下校したい帰宅部等と、各々の諸事情により、何かと都合が悪い係では、あった。
「後、一人、図書のクジ引いたの誰ですか〜?」
委員長が教室内をぐるりと眺めると、背を向けていた書記も振り返り、辺りを見回した。
「ほら、さっさと、手を上げろ〜。図書委員もな〜、そんな悪くないぞ〜。」
黒板の横の椅子に腰を下ろし、腕組みしながら、生徒達を見守っていた担任も、ついに、声を上げた。と、
「あっ、僕、僕です。。。」
遅らばせながら、静静と手を上げた力を教室中の生徒達が見る。力は恥ずかしさで、身体を縮めると、視線を机上へと落とした。手にしたクシャクシャのクジに書かれた4文字 図書委員 が浮かび上がって見えた。
「はい。後、1名は、早乙女ね。」
委員長がそう言うと、すぐさま、カッカツとチョークの音が黒板を走った。
ーー桂と一緒・・・だった・・・
伊吹の反応が見たく、力はチラリと横を向いてみた。写真を手渡したあれ以来、話すことはなかったが、その後も、なんとなく伊吹のことは頭の片隅にあった。親しくなれるかもと言う期待は、とうに失くなっていたのだけど。
「よし、これで、全て出揃ったな。それじゃあ、近々、各委員会があるから、必ず、出席するように。解散!」
担任の言葉が終わるや否、机や椅子のガタガタ音と生徒達の飛び交う声が教室内を賑やかにしていた。黒板に並んだ伊吹と力の名前。力は目をこすると、ノートや教科書をカバンの中に入れた。
ーー仲良くなれるかも・・・なんて、期待はしない。
力は心で呟くと、丸めた紙は机に押込み、席を立った。
それから、数日が経ち、定刻より少し前に力は図書室に着くと、誰も居ない室内を見渡し、受付の席に腰を下ろした。目の前のカウンターにパソコンが一台。これを使っての書物の検索、管理、貸出の入力方法などが、先日、図書委員説明会であった。その他、仕事としては、整然と並ぶ本棚の整理と、本の補修。それら作業の引継ぎも受けた。
静まりかえった図書室で聞こえるのは、校庭から聞こえる部活動の声と、鳥の囀り。力は壁の時計を見上げ、時間を確認した、下校までまだ、たっぶり時間はあった。このまま、居ると、静けさに浸りきってしまいそうで、立ち上がると、目についた本のばらつきを整え始めた。
ベースボールの歴史、図解野球解説、漫画初めての野球、幼い頃の記憶の中で、父が難しい顔で読んでいたなと、力は一冊一冊、何気なく表紙を見ては、整頓していった。野球が嫌いなんじゃなくて、父の野球熱に辟易していた。その熱はゆらめく蜃気楼を生み、その向こう側に立つている本来の自分は消えかけていた・・・と力は思っていた。今、部活にも入らず、ぶらぶらした毎日を送る息子を父はどう思っているのだろうか。何も言われないことで、お互いの間に摩擦は起きない。しかし、ぶつかり合うこともない父子の日常には息を潜める静かな何かがあった。
「早乙女って、野球部?」
突如、後ろから声がかかり、力は肩をピクリとさせた。振り向くと、力のすぐ後ろに涼しげな眼差しの伊吹が立っていた。
「えっ、あっ」
「そう?」
「俺、部活は入ってないんだ。帰宅部。」
そう言うと、力は繁雑な状態であった残りの本を手早く整え、それとなく、その場を離れた。受付横に補修必須な本の山。
「だよな。」
本棚を覗き込み、伊吹がそう言うと、暫し、沈黙が訪れた。相変わらず、放課後の図書館は静かだった。静寂に耐えかね力は受付カウンターの引き出しを目についた順に引くと、最後の引き出しから補修用テープ、ボンド、補強のための透明フィルムを見つけ出した。
「じゃあ、誰も借りに来なそうだし、補修しようか?」
「補修?」
「あっ、ほら、そこ」
「あ〜、あれね。」
山積みの本を近くのテーブルに運ぶ。量はかなり多く一日では終わらなそうであった。全て運び終えた二人は向かい合い作業に取り掛かった。
「これ、何年分だよ。」
「市民図書としてここを開放をしてるから、その分もあるみたい。校長の意向で全ての本の補修を生徒がするみたいになったって、この前、言ってたよな。」
「あ〜、地域活動のね。」
「あっ、そうそう。」
「この前の引き継ぎで、補修の仕方教えてもらったけど、なんか、ムズいな。」
「うん。なんか、あってんのかも分からないや。」
二人、小さく笑うと流れていた空気が幾分か軽くなった。手を動かしながらも、ぽつりぽつりと話し始めた。バスケのこと、力の神社までのジョギングと、そこで、カメラマンの柴田に出会ったこと。当たり障りのないことだけ、二人の間を行ったり来たりしていた。
「本当、誰も来ないね。」
「ずっと、こんな感じで、二人っきりか。」
開けっ放しの窓から吹いてくる微かな風が、カーテンを揺らす。
ーー桂は、好きな人とかいるの。。。?
突如、降って湧いた質問が、力の頭の片隅でパチンと割れて消えた。
ーーえ、、、今の何?!
自分で思い浮かべたくせに、そんな幼稚で直球な質問を一瞬でも考えた脳を責めたかった。
ー―何、考えてんだ、俺は・・・どうでもいいだろ、そんなこと・・・
「早乙女!それ、思いっきりズレてるって。」
「えっ、あっ!うわぁ」
伊吹の言葉に我にかえると力は指摘された箇所をもう一度、丁寧に剥がした。ビニールに気泡が入らないように、慎重に貼り直す。力の手は意識の支配下にあったし、目は本を捉えているのに、心はあてもなく宙を彷徨っていた。
「あ〜、良かった。それで、問題ないんじゃない?」
「良かった・・・本、ダメにするとこだった。」
「早乙女って、もしかして、不器用?」
伊吹の笑みが力のみぞおちをつく。幸いにも流れ作業は力の表面を取り繕うには有効だった。
ーー桂の好きな子って・・・もしかして、間美波・・・?
再び、浮かび上がった質問に、力は頭を振った。
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