no.9

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no.9

学年ごと、クラスごとの当番制で、図書室の受付は隔週一回は、必ず回ってきた。 力と伊吹は、同じ当番のよしみから、ちょくちょく話すようになると、前より二人の距離は近いものとなった。 大抵、口下手な力よりも話題豊富な伊吹の方がよく、話した。 ぼお~っと座る力に投げる質問の数々。 背中を丸め、ポツリポツリと答える力の隣で、カウンターに肩肘をつき、力の方に身体を向ける伊吹を力は見れない。 こんな、イケメンで、話し上手、聞き上手って、モテるわけだ。しかし、桂、近い。。。 「名前の由来は?力って名前、なんか、強そうで格好いいな。」 「由来は、、、父親が、俺が逞しい男になるようにとつけたみたい。父の意に反して、こんなんだけどね。」 「早乙女は、名前の通り、逞しいと思うよ。」 「俺が?」 「うん。」 「そうかな。。。」 「早乙女って、馴染まないじゃん。人に。なんか、孤高って言うか、いいよな、お前、自由で。」 孤高。。。?自由。。。?俺が? 伊吹の言葉があまりにも意外すぎて、力は眉をひそめ、伊吹を見返した。 確かに誰かれともなくワイワイと盛り上がることもないし、どちらかと言えば、決まった相手としか話さない。そんな、自分はクラスの陰キャと自負していたが、伊吹の言葉で、なんだか、自分が格好いい奴みたいに思えてくる。 「えっ、そう。。。」 「うん。なんか、どんな時も、自分で居るっていうか。こうして話すと話やすいし、おもしれえのに。」 伊吹は、身体を椅子の背にもたれかけると、長い足をこれみよがしに組みながら、天井を仰いだ。 「何で?何で、早乙女は、そうなの?」 何で。。。か。。。? 伊吹の問いに、絡めた両手を腹の上に置き、力も天井を見上げる。 無数の黒の小さな穴があいた天井の模様が目についた。吸音効果がある素材であるため、学校や施設で使われていると、聞いたことがある。そう言えば、普通の家じゃあ、こんな天井、そうもない。 何だって、それなりの理由ってあるもんだ。 「そうだな。こんなこと言うのどうかなって、思うけど。。。」 と、一呼吸して、隣の伊吹に向き直ると、伊吹も、姿勢を正し、耳を傾けた。 「なんか、俺、変わりたくて。」 と、心の枷が外れたように、言葉がするりと外に出た。 「変わりたい。。。か」 「うん。前まで、俺、あんまり、自分の意見とかなくて、親にどう見られるか気にしてばかりの子供だったから。そう言うの、もう、いいやって思えて。」 「。。。」 「あっ、なんか、マジな話すぎて、引いちゃうよな。ははははっ。」 「引かない。聞かせて。」 伊吹の眼差しが真っ直ぐに力を捉える。冷やかしもない、軽さもない伊吹の表情は、まるで、物語の続きを聞きたがる子どものようであった。 「それで、自分の気持ち、大切にしたいなって。馴染まないって決めてるわけじゃないんだ。けど、そう見えてんだな。俺って。」 「馴染まないってのは、いい意味だよ。俺は、スゲーなって思うから。。。」 「あっ、どうも。」 沈黙が流れる。 自分ばかり聞かれてばかりと、力は思いきって、静けさに言葉を投げる。 「桂ってさ、、、」 距離感がバグってる?と思う程に近くに迫る伊吹と少しずつ距離をとりながら、力は言葉を続ける。 「桂って、じっと、人の目、見るのは、もしかして、目悪いとか、、、?」 「あっ」 バッと、何かを察したかのごとく、伊吹が後ろに退くと 「学校では、部活もあるし、コンタクトだけど、、、」 「あ〜、や、やっぱり、そうなんだ。。。」 ーーだからの、距離感、、、ってわけ、、だよな、、、 力の背中がじんわり汗で湿る。落ち着かない手で、ネクタイを緩め、ワイシャツの第一ポタンを外した。隣では、蒸し暑いのか、伊吹もパタパタと手で自身を扇ぐと、再び、体制を整えると 「マジ、ひま!!!え〜っとぉ、しりとり!り!りす! 突如、思いたったように、伊吹先攻で、しりとりが始まった。 「なっ、なんだよ。いっいきなりだな。」 「す!次、す!早乙女!早く!」 「あっ、えっ?す?」 「す、なんて、沢山、あるじゃん。」 「す。す、。」 力から湧き上がる言葉を今か今かと待つ伊吹の顔を見ながら、すのつく言葉を思い浮かべる力の頭に「すき。。。」の一言が浮かんでは消えた。 ーー好きって、なんだよ。。。あ〜、俺は本当に変だ。 「ちょっと、待って。早乙女、お前、さっきから顔真っ赤だぞ。大丈夫?具合悪くない?保健室行こうか?」 「すっ、すっ、すいか。」 ドンと握りこぶしで太ももを叩き力は、深く息を吐いた。 「じゃあ、次、俺か。か、な」 「そうそう、か!」 「カラオケ!」 「けむし!」 間髪入れずに力が応えるや否や 「早乙女、今度、カラオケ行かね?」 伊吹の手がマイクを持つそれになり、首を傾げた。 「あっ、えっ。」 予期せぬ、全く、予期せぬしりとりの結末に力の眼が泳ぐ。カラオケなんて、誘われたのは、高校入って初めて。しかも、伊吹から、、、なんて、、、 「あっ、俺と二人っきりとか、じゃ嫌だよな。」 伊吹は、フッと笑みを浮かべ、すぐに携帯電話を取り出すと、慣れた手つきで、アドレス帳をスクロールし始めた。 「今、誰か、いるか探してるから。ちょっと、待って。女子がいいよな?」 「あっ、うん。」 女子がいいよな?と伊吹に聞かれ、咄嗟に、嘘をついた力の唇が微かに震え、隠すように、下唇を噛んだ。 「日曜の午後とかどう?」 「大丈夫。いいよ。」 「美波、誘うかな。」 「美波って、間?」 「そうそう。あいつ、同中だったんだ。それに」 「それに。。。?」 「あいつ、なんか、気つかわないでいいって言うか、話しやすいんだよ。だから、きっと、シャイな早乙女くんでも、楽しめると思うよ。ねっ。」 伊吹が携帯電話で、美波にメッセージを送る一方で、力はぼんやり、窓の外を眺めていた。 青々とした葉の隙間から、屋上が見えた。 あの日のただならぬ、様子の美波を思い出す。   ーー桂は、好きな人とかいるの。。。?間とか、違う? 本来なら、どうでも良い質問が、頭の中を行ったり来たりする。 ーー俺、なんで、そんなことばかり、考えてんだよ、、、 「美波、オッケーだって。」 「お〜、そっ、そう。」 「誰か、もう一人誘うって話だから。なんか、いきなり、こんなことになって、なんか、面白いな。」 「あっ、うん。面白い。なんか、これも、図書が暇すぎるからなのかも。」 なんて、笑いながら返したものの、伊吹が間美波を誘った事実は、力の心臓の真ん中をチクリと刺した。 ーーやっぱり、俺はどうかしてる。 ふっと、力は姉からもらった鏡の存在を思い出す。 ーー魔法の鏡。。 揺らぐ気持ちが、嘘かもしれない魔法を思い出させたのかもしれない。いや、理由なんて、分からなかった。考えたくもなかった。が、 ーーあの、鏡、何処に置いたっけ・・・ なんて事が頭を過る自分に力はため息をついた。
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