プロローグ

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プロローグ

 私は長居陸上競技場のトラックの上に、他の八名の女子選手と一緒に立っていた。  コース番号は4番。ゆっくりと顔を上げるとスターティングブロックの先、茶色いトラックに描かれた真っ直ぐな白線が百メートル先のゴールラインまで続いている。その先には多くの報道陣がカメラを構えているのが見える。心臓が鼓動を高め、そのドキドキが私の心を乱している。 (落ち着かなくっちゃ……)  私はこの心の乱れでスタートダッシュに失敗することがよくあった。それさえなければ、今日のコンディションなら私のベストタイム11秒25を超えて走れる筈……。 「On your Marks! (位置に付いて!)」  私を含めた九人の選手は(ひざまず)くと、スターティングブロックに両脚を掛けて、両手をスタートラインの前に着いた。その瞬間、心臓の鼓動が頂点に達する。 (……神様、お願い……。私のドキドキを……)  私は下を向いて地面を見つめながら、そうお祈りしていた。そして、ゆっくり顔を上げる。  その時、報道陣の左上の観客席で立ち上がって大きく両手を振っている男性を見つけた。 「……浩輔……」  それは私の幼馴染で恋人の山本浩輔だった。百メートル以上離れた観客席の彼の表情を窺い知る事は出来なかったが、彼がゆっくりと口を開いているのが分かる。そのタイミングから私は彼の言葉を理解した。 「…が…ん…ば…れ…。うん、浩輔、分かった。ありがと」  その瞬間、心の動揺がスッと治まった。
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