プロローグ

2/2

55人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「Set! (用意!)」  腰を上げると、全神経を耳に振り向ける。 『バン!!』  その瞬間、左脚でブロックを力強く蹴って、身体を上方に起こしながら、右脚を前に蹴り出した。そのまま全神経を両脚に移し、勢いよく左右の脚でトラックを蹴っていく。私の左右の視界には誰も見えない。右横に撮影用のビデオカメラが私を撮影しながらレールの上を走っているのが目の端に映った。頬に当たる風から、自分の最高速を出せていると感じていた。  ゴールラインの直前で、観客席の浩輔が再び視界に入った。彼を見つめながら、胸を大きく張り出して、ゴールラインを切った。  そのまま観客席の下まで走って行き、浩輔を見上げた。浩輔は私の後ろを指差して大声を上げている。 「詩織! 電光掲示板を見ろ!」  その声に後ろを振り返って電光掲示板を見つめると、そこに映っていたのは……。 「……えっ……?」 『女子百メートル決勝。優勝は帝国大学の秋月詩織選手。タイムはなんと11秒13、日本新記録が出ました!』  私は『11:13 日本新記録!』と描かれた表示を見ながら、茫然と立ち尽くしていた。 『秋月選手は、先月の世界陸上で三位に入賞しており、東京オリンピック出場の参加標準記録11秒15も超えた記録を叩き出しました。これで自動的にオリンピックへの出場が決定したことになります!』  その時、私は観客席から上がる激しい歓声に包まれていた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加