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意見を重用し、目をかけている魔導士の言葉を、じっとアルドース元首は聞いていた。
「さて、上手くいくかな」
笑いを含んだ声で、カダシュ国を束ねる男は言葉をこぼす。
「我が国の領主たちは、血気にはやったものも多い。手柄を焦って、勝手なふるまいに及ぶかもしれぬ」
片頬を杖として突いたまま、アルドース・ヴェスラは言葉をこぼす。
「野心を持った者が、クヴァイト・ル・シィンを、勝手に捕らえるかもしれぬ。彼の命を奪った者が、次代の『ヴァンナハッサイ』となる。美味しい蜜が、向こうからやってきてくれるのだ。
さて。果たして、生きたまま彼を帝国に渡すかな?」
魔導士は、元首の言葉に、静かに瞬きをする。
元首は、微笑みを浮かべた。
「どんなお家騒動があったのかは知らぬが――大魔導士殿の養い子が、帝国を裏切ったとすれば、忌々しきことだ。その上、生きたまま捕えよなど……龍を素手で倒せと言っているようなものだ。
こちらは手出しが出来ぬのに、向こうはヴァンナハッサイの力でわが軍を殲滅させることが出来る。むしろ、殺害命令なら、容易いものを。
リベリナ帝国は、無理を我々に突き付けるのが、よほどお好みらしい」
老練な政治家の言葉を、主席魔導士は黙したまま聞いていた。
目を細めて、彼は呟きを続けた。
「いずれにしろ、我が国にとっても、近隣諸国にとっても、厄介な事態だ。
確実に捕らえねば、帝国に文句を言われる。
生きて、我が国を通過したことが後々、帝国にでも知られれば、どんな難癖を、つけられるやも知れぬ――文面から察するに、皇帝陛下は、相当頭に来ておられる」
肩をすくめて、アルドース元首は小さく首を振った。
「皇帝の龍の力は、恐ろしい――さっさとどこかの国で捕まって欲しいというのが、正直なところだな。クヴァイト・ル・シィン捕獲のために、部隊を編成する余裕など、どこの国にもない――リベリナ帝国が、富を吸い上げている現状ではな」
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