序歌 カダシュ国元首室にて

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 辛辣な言葉を漏らしてから、アルドース・ヴェスラは言葉を切った。  厳重に人払いし、二人だけの状況からの気安さだったのかもしれない。  だが。  述べられたことは、心の奥の真実だった。  重い沈黙が、流れた。  先に口を開いたのは、年若い魔導士だった。 「元首様」  視線を、アルドースは、ハジェルへ向けた。 「どうした。良い考えでも浮かんだか」  問いかけに、微かに魔導士が口角を上げた。 「クヴァイト・ル・シィンは、自分に追手がかかっていることを、知悉(ちしつ)しているでしょう――気許しの出来ない、危険な旅路を歩んでいるかと」 「そうであろうな。勅命は、各国に同時に発せられたと聞いている」  ハジェルは頷いた。 「なれば、クヴァイト・ル・シィンは、相当追い詰められていると、思われます」 「だろうな。身から出た錆というべきか。帝国に逆らい、命があると思う方がどうかしている」  苦々しい呟きをやり過ごしてから、ハジェルは改まった口調で続けた。 「それを踏まえた上で――元首様。もし、クヴァイト・ル・シィンが我が国に姿を見せた時は」  灰色の瞳が、真っ直ぐにアルドースへ向けられる。 「歓待されることです」  老練な政治家は、簡単に驚きを見せなかった。  細めた目で、意図をうかがうように、年若い魔導士を見つめる。 「どういう意味だ、ハジェル」  ふっと、魔導士は目を背けて、元首室から見える、青い海へと目を向けた。 「クヴァイト・ル・シィンは、逃亡中です。身の危険を感じながらの旅でしょう」  カダシュ国元首のアルドースは静かに肯いた。  クヴァイト・ル・シィンの人相書きも、各国に配布されている。  何より、左頬の皇帝の直紋の黒い刺青が、彼がかつて『皇帝の龍』と呼ばれた人物であると、示している。  捕縛されるのは、旦夕に迫っていると老練な政治家は考えていた。
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