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「やられた……」
会社から帰ってきた春奈は、こう口走らずにはいられなかった。
小さな2LDKながらも、前日の木曜まで部屋を彩っていた、テレビやソファーなど家財道具の数々。
その殆どが、まるで泥棒にでもあったかのごとく、煙のように消えていたのだ。
家財道具を持ち去ったのは、おそらく同棲していた彼氏だろう。
もちろん、確たる証拠を春奈は持ち合わせていないが、ここ数ヶ月の状況から察するに、そう思わせる雰囲気は彼氏からふんだんに醸し出されていた。
『ツレと飲んでて遅くなる』というLINEが来て、朝帰りになったという事が2度程あった。
こっちが『残業で遅くなる』とLINEを送れば、『同じく残業』と返信され、汗拭きシートの匂いを漂わせながら0時前に帰宅してくるなど、ずさんな彼氏のその行動は春奈に浮気を思わせるに十分なモノであった。
「しかし、家財道具全部持っていくかね、普通……」
春奈は深々とため息をつくと、かつてラグとソファーが置かれていた剥き出しのフローリングの上であぐらをかいた。
呆気ない幕切れであった。
合コンでいい感じになり、勢いのまま付き合って同棲生活を始め、春奈的にはそろそろ結婚を意識し始めていた。
確かに付き合った当初の新鮮味は、薄れ始めてはいた。
が、持ち合わせている愛情はお互い薄れないまま、心は常に彼氏と通いあっているモノと、春奈は思っていた。
その愛していた彼氏から、まさかこんな捨てられ方をされるとは……。
情を一切かけられず、無惨に社会の道端に捨てられた今の自分は、噛み過ぎて味のしなくなったガムのようだな、と春奈は思った。
「光り輝いたガラス玉ならともかく、吐き捨てられたガムとか、子供でも拾わないよね……」
自分を、現代社会において「必要の無い落とし物」と自嘲しながら、春奈は天を仰ぐ。
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