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幸せにこんにちは①
彼女と別れ、やけくそに酒を煽った。
そんな楽しくも無い酒の席に瑛は文句のひとつも言わずに付き合っていた。
そんな夜、我を無くした直は瑛を抱いた。瑛は反応もせず、ただただ直の思うままに体を許した。
翌朝、目を覚ますと既に瑛の姿はどこにもなかった。家中見て回るとテーブルの上に小さな書き置きがあった。そこには瑛の字で「ごめん、もう会えない。さよなら。」と書き記されていた。
それを見た瞬間に酒に溺れた自分が何をしたのか鮮明に思い出した。余りにも酷い事をしてしまったと反省してももう遅い。頭痛と吐き気と共に後悔が直を襲う。
そこから直は暫く何も考えられず、動けずにただ座ってるだけで時間だけが過ぎ去っていく。
* * * * *
どのくらい時間が経っただろう、辺りはほんのり日が暮れ始めていた。
「もうこんな……」
気がつくと直は瑛のメモを握りしめて、それはぐしゃぐしゃになってしまっていた。
おもむろに携帯を取り出し電話を鳴らす。呼出音が暫く鳴っていたが、留守電に切り替る。
「あき……出てくれ、頼む……」
自分のした事を謝ろうとするが、何度掛けても電話は繋がらなかった。メッセージも送ったが既読にならない。
本当に自分の元から離れてしまうのかと不安が押し寄せてくる。
酒に酔ったからとはいえ傷つけるような事をしてしまった事を謝りたくても連絡が着かないのでは話にならない。
それでも、どうしたらいいのか分からないまま何もしない日々が続いたている。
時間が開けば瑛に連絡をし、仕事こそこなしてはいるが心ここに在らず、そんな腑抜けた直の様子に周りも心配だと声をかける。直は大丈夫と笑い返すがその顔はかなり落ち込んでいるように見えた。
いつの間にか瑛の存在が直の中でかなり大きなものになっていた。関係は友人だったが、あの後から直の中で変化があった。
例え酒に酔っていたとしても男を抱くなど普通はありえないし、こんなにも相手のことを気にして悩んで、瑛を傷つけてしまった事を後悔した。
「俺、ほんと最低だな。」
恋人と別れた後なのに、その相手よりも瑛の事が気になっている。瑛のことを考えるだけで胸が締め付けられるような気さえした。
瑛とこんなにも長く会わない日が続いたのは初めてで、連絡すら取らないなんて出会ってから初めての事だ。
直は何度も連絡をしたがやはり返事が来ることは無かった。
そんなある日、街で偶然瑛を見つけた。
直は急いで走ってその後を追いかける。
「あきっ!!」
名前を呼ぶと瑛は振り返ったが直の姿を見て急に走り出した。それを見た直も急いでその後を追う。
「あき……っ!待って!」
「来るな!」
「頼むから、話をしよう!!」
足にはそれなりに自信があった直は思逃げる瑛に追いつきその手を掴み動きを静止する。バタバタと手を振り払おうとするのを力ずくで何とか押さえ込む。
「いやだ、俺は話すことない!それに、急いでるし……」
「少しでいいから、頼むよ。」
「離してっ!」
嫌だとそのまま暴れる瑛を咄嗟に抱きしめた。
「あき!ほんの少しだけだから。それに、あまり大きな声を出すと目立つから。な、まず落ち着いて……」
「……」
あまり騒ぎにするのは互いの仕事柄避けたほうがいいことは瑛も直ぐに理解し黙りこくる。
「あき、話を聞いてくれるか?」
「……。」
やはり返事はない。また逃げられては困るので直は瑛の手を引いて人気のない場所に移動することにした。
《②へつづく》
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