落とし物専門探偵 形見わすれ

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 ある噂が巷で囁かれていた。その噂とは、世にも珍しい落とし物専門の探偵がいるというのだ。しかも必ず依頼人の落とし物を探し当てるという。  「ふぅ~、やっと着いた」  私はモダンな雰囲気漂う喫茶店を眺めた。店先には『純喫茶 シャルル』の立て看板が立っている。私は一度深呼吸をすると意を決して喫茶店の扉を開いた。  カランコロンカラン  恐る恐る扉を開けると、私の鼻先を香ばしいコーヒーの匂いがくすぐった。店内には落ち着いたジャズが流れていて、年若いバリスタが丁寧にグラスを磨いていた。  「いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ」  彼は柔和な笑顔を浮かべると、私にカウンター席に座るように勧めた。けれど私はその声に反応することができなかった。  「あのー、どうかなさいましたか?」  「あっ…、いやなんでもありません!」  私は彼に見とれていたことを自覚し、顔が熱くなる。彼は滅多にお目にかかれないほどイケメンだった。恥ずかしくて彼の顔を見ることができない。  「ご注文はいかがにしましょうか」  「えっとー…アイスコーヒーで」  「かしこまりました」  バリスタがコーヒー豆を挽いている間に店内を見渡してみる。テーブルと椅子は木でできており、光沢が美しい。窓からは柔らかい春の日差しが差し込んでいる。奥のテーブル席には男性が一人新聞紙を読んでいる。  「どうぞ、ご注文のアイスコーヒーです」  「あっ、ありがとうございます」  私はコーヒーを一口飲むと名も知らないバリスタの顔を盗み見た。私はある噂を頼りにこの純喫茶店に来た。落とし物専門の探偵がこの店にいるというのだ。私はその探偵に依頼を出すためにこの店に来た。…本当に探偵がいるのか聞いてみないといけない。  「あのーすいません。ここに探偵がいるって聞いたんですけど…」  「ああっ、依頼人の方でしたか。彼なら後ろにいますよ」  「えっ」  私が振り返るとそこには新聞紙を片手に男性が立っていた。どうやら新聞紙を読んでいた彼が噂の探偵らしい。  「…何の用だ」  「えっ…、いやっあの」  私は焦って何も言えなくなった。理由は彼の容姿が怖すぎるのだ。冷たく鋭い目、眉間に刻まれた深いしわ、全身黒色コーデの服が威圧感を観る人に与えてくる。  「こらこら、わすれさん。依頼人が怖がってるじゃないですか」  「人を見て勝手に怖がる奴が失礼ではないか」  「わすれさんはただでさえ目つきが悪いんですから、もっと笑ってみたらど   うですか」  「俺には必要ない」  隆二と呼ばれた男はばっさりとバリスタとの会話を終わらせると、私に向かって話しかけてきた。    「俺は形見わすれ、落とし物専門の探偵だ。さっさと依頼について話しても   らおうか」  「えっと…はい、分かりました。では、場所を変えたほうが…」  「必要ない。今ここで話せ」  「ええ…」  私は目でバリスタに助けを求めるが、彼は首を横に振った。…どうやら彼にはこの探偵を止めることはできないようだ。…仕方がない、私も覚悟を決めよう。  「実は…大事ペンダントをなくしてしまったんです」  「それはいつ、どこで」  「ええっと、二週間前に桜木公園で」  「わかった。なら行くぞ」  「はいっ?」  私が思わず聞き返すと彼はめんどくさそうに繰り返した。  「今から行くぞ」  「…冗談ですよね」  「俺は冗談が嫌いだ。桜木公園なら歩いてすぐそこだ、さっさと行くぞ」  そういうと彼は店を出て行ってしまった。  「えっちょっ、まだ私お会計が…」  「いいよいいよ、今度来てくれた時に払ってくれれば。それよりも彼を早く   追ったほうがいいといいと思いますよ。彼は人の話を全然聞きませんか   ら」  「ありがとうございます!ちゃんと払いに来ますから‼」  私は急いで店を出て、彼の後を追った。五分後、私が桜木公園につくと彼はベンチに座って優雅にくつろいでいた。  「あのー、落とし物は探してもらえないんでしょうか?」  「見つからないと困るのか」  「はいっ?」  私は思わず形見さんの顔を凝視する。何を言っているのかわからないからだ。  「当たり前ですよ!ですからあなたに依頼を…」  「男からもらった物だからか」  「…えっ、何を言ってるんですか。私は男性からもらったなんて一言も…」  「勘だ。だがそのぐらい俺にはわかる」  「…………」  私は何も言えなかった、混乱していた。どうしてこの男はそんなことが分かるのか、ただただ不思議だった。  「どっ、どうしてそのことを」  「俺はこの仕事をずっとしてきたからな分かるんだよ。依頼人が嘘をついて   いることぐらいはな」  彼はそういうとベンチから立ち上がり、私と向き合った。  「あんたはここでペンダントをなくしたんじゃない。自分で捨てたんだろ、   違うか」  「……」  「喧嘩をしたのか、それとも失恋か…。とにかくあんたは何らかの原因から   男との間に溝が生まれた。そして衝動的にペンダントを捨てた。しかし、   そのあとにあんたは後悔した。だから俺に依頼した…違うか」  「……」  私には彼の言葉を否定する力は残っていなかった。しかし、なぜだか口からは勝手に言葉があふれ出ていた。  「彼氏とは五年も付き合っていたんです。けれどある日、彼が浮気をしてい   ることに気づいて…。彼と大喧嘩した後の帰り道でついとっさに捨てたん   です。彼からもらった誕生日プレゼントのペンダントを」  一度あふれ出した言葉を止めることは私にはできない。  「けど、そのあとに彼から謝られて…『もう一度俺を信じてくれないか』と   いわれたんです。だから…私も彼のことを信じてみようと思ったんです」  「だが、ペンダントは見つからなかった」  「そうです…、だから私は依頼をしたんです!彼との仲を戻すために必要だ   から」  「なんで仲を戻す必要がある」  「えっ」    私は彼の顔を呆然と見つめた。いつの間にか私は涙を流していたが、にじむ視界の中でなぜか彼の顔だけは鮮明に見えた。彼はひどくつまらなさそうに私を見ていた。  「聞こえなかったなら繰り返してやる。仲を戻す必要があるのか」  「な…なんでそんなことを」  「俺にはあんたがまだ嘘をついているように思えるからな」  「そんな、あなたに嘘をついてることなんてもう私には…」  「俺じゃねえよ。あんたは自分自身に嘘をついてるだろ」  彼はそういうと私の目をのぞき込んだ。その瞳は粗い言葉遣いと違って、意外にも優しい輝きを放っていた。  「どうして仲直りする必要がある。相手は浮気したんだろ」  「そ…それは…」  「俺は落とし物専門の探偵だ。あんたが本当になくしたものはペンダントな   んかじゃねえ、心だろ」  「心…ですか」  「そうだ心だ、いい加減自分に嘘をつくのはやめろ」  私は彼の言葉を聞いて心が軽くなるのを感じた。そしてそこから高ぶる感情が抑えられなくなり、私はただただ泣き叫んだ。泣いている私の耳に帰っていく彼の声が聞こえた。  「俺は落とし物専門の探偵だ。あんたがなくしてた感情、確かに見つけた   ぞ。また、依頼があったら俺のもとに来たらいい」    『純喫茶シャルル』そこには世にも珍しい落とし物専門の探偵がいるという。今日もまた、依頼人がその扉を開く。  「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」
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