十二

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「あのね、ずっと前にお母さん、ピンクのスーツがないって探してたでしょう?あれね、実はわたしが学校の授業で使う為に持ち出したの」 「えっ?なんで?」 「自由課題製作の為よ、わたしの課題は夢みる乙女ファッションだったの」 「はいはい、デザイン科の課題ね」 「うん、あのスーツにフリフリレースつけて改造しちゃたのよ」    健太が顔を出す。「ひでーな、母ちゃん、そのせいで俺の入学式還刻寸前だったんだぜ」あぐらをかいてドンッと座った。 「知ってるよ、だから謝ろうと思ってたんだけど、怖くてずっと言い出せなかったんだよ」 「そりゃあ生きてたら、姉ちゃん半殺しだったね」 未来が健太に話を振った。    頷く健太。「ああ。母ちゃん怒ると半端じゃなかったからな、鬼ババアみてーに怒ったぜ」 「うん」 夢月は澪の遺影に視線を落とした。こちらを見て微笑んでいる澪。そのロ元を水滴が濡らしてゆく。「ちゃんと謝ればよかったな、鬼ババアでもいいから怒って欲しいよ」 「姉ちゃん、そんなこと言うのやめろよ。また泣けてくんだろ!」健太がうつむいて肩を震わせる。「やっと今日は泣かない日になるって思ったのに」 「そんなこと無理だよ。寝る時に思い出して絶対泣くもの」未来も顔を歪めた。    鼻水をすする健太。「だけどさ、父ちゃんは泣かねーぜ」 「そういえば、お母さんが死んでからお父さんが泣いたの見たことないよね?」未来が夢月を見た。「悲しくないのかな?」 「そんなこと、ある訳ないでしょ!」立ち上がる夢月、澪の遺影を元に戻して襖を開いた。「お父さんとお母さんの仲の良さ、ずっと見て来たでしょう?一番悲しいのは、お父さんよ」 「じゃあ、どっかで泣いてるのかな」未来が首を傾げながら夢月の後を追う。健太がその後に続いた。    扉の隙間から厨房をそっと覗く三人。「なにやってんだ!」従業員を怒鳴りつける健吾の声が響いた。 「ああやって、仕事で気をまぎらわしてるのよ」 夢月はそう言うと、たまらずに健吾から視線を反らせた。    午前一時。誰もいなくなった厨房にたたずむ健吾。深いため息と共に天井を見上げた。とにかく忙しくしていたい。そう思う。仕事が終わり、寝るだけのこの時間が、彼にとって一番辛い真夜中であった。
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