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両方をいっぺんに失ってしまった。    合宿からの帰り道で、その事故は起こった。 山道を下っていたバスに、居眠り運転をしていたダンプの運転手が、誤って道を外れて突っ込んだのである。    そこからが悲劇だった。ダンプに激突されたバスは、対抗斜線側のガードレールを突き破って、崖の下へと転洛したのだ。    その知らせを聞いたのは、後から続いていたもう一台のバスに乗っていたテニス部の先輩からの電話だった。    瞬間、頭の中が真っ白になった。みんなが運ばれたという病院へ母と一緒に向かっている時も、両足が宙に浮いている状態だったのを記憶している。    病院前には、おびただしい数の報道陣がいた。長蛇の列を作る車。 「これじゃあ、駐車場に車を停めるのは無理だわ」ハンドルを握る母はそう言うと「澪、先に歩いて病院へ行きなさい」そう指示した。    車から降りて病院へと歩く。その足はすぐに全速力へと変わった。途中で車を誘導している警備員が、やたらと大きな声を張りあげていたっけ。    病院の自動扉を開くと、先輩がすぐにわたしに気がついて駆け寄って来てくれた。先輩の顔は汗と涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。わたしはその先輩の口から、事故現場の悲惨さと、生存者が絶望的だという事実を聞かされた。  呆然としながら周囲を見渡すと、後続車両に乗っていたサッカー部、テニス部の部員達が泣いている。サッカー部顧問の先生は、うずくまりながら、ひたすら床に頭を打ちつけていた。  集中治療室の前は、ぞくぞくと駆けつけてきた家族でごった返し、その中に、健吾と由奈、それぞれの家族の姿もあった。    わたしは、健吾と由奈、二人の死に顔を見ていない。出棺の時も、棺桶の中を見るのが怖かった。見てしまったら、今の夢うつつの状態が壊れてしまうと思ったから。現実を逃避した世界の中で、わたしはただユラユラと、さ迷い歩いていた。    また、そうすることでしか、発狂してしまいそうな未熟な自分の精神をコントロールすることができなかった。 (あの朝に限って、なぜ風邪をひいて熱を出してしまったのだろう?)と思う。熱さえ出なければ、皆より先にタクシーで帰ることもなかったのに。 (あのバスに乗って、健吾と由奈と一緒に死んでしまえば、こんなに苦しい思いをしなくて済んだのに)気がつくと、そんなことを真剣に考えている自分がいた。    あれから十四年。流れた年月の数だけ、日々想いは深くなる。あの日以来、こんな風に思い出が残ることが怖くて、写真など一枚も撮ってない。卒業写真の撮影日だって欠席したし、卒業式の時だって、クラスメイトがカメラに向かって作るピースサインを横目で眺めているだけだった。成人武になど出席すらしていない。
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