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「朝倉さん、タクシーが来たわよ」
合宿所の玄関から聞こえる彩子の声。
「はい、今行きます」
澪はそう返事を返すと、テニスラケットとスポーツバッグを手に取った。
扉を開いて外に出ると、すぐに健吾の姿が見えた。
「大丈夫か?帰ったら、すぐに医者に行けよ」
頭上に置かれる、頭ごとスッポリ包んでしまいそうな大きな手。
「わたしも健吾達と一緒にバスで帰りたかった」
澪は膨れ面を見せる。
「バーカ、熱があるくせになに言ってんだ」健吾が澪の額に手をあてた。「風邪が治ったら、デートすんだろ?」
「うん、あの、今日家に着いたら、電話してくれる?」
頬を赤らめ、上目づかいに聞く澪。
「勿論、最初からそのつもりだったから」
「本当?」
彼の返事に沈んでいた気持ちが一気に華やぐ。「絶対だよ。健吾」澪は、そう言うとタクシーに乗り込んだ。
「澪!」
後から息を切らせて、由奈が走ってきた。その後に続く、テニス部の部員達。
「澪、風邪が直ったら連絡して!残りの夏休み遊ぼうじゃん」
由奈がウィンクする。
「こらこら、テニス部に遊ぶ時間なんてないわよ!」背後から、先輩が由奈の頭を軽くゲンコツで叩いた。
肩をすぼめて舌を出す由奈。
一同が一斉に笑った。澪も声をあげて笑う。
「ヘッピリ腰、早く風邪を直して、部活に戻ってね」
「はい、先輩」
澪は笑顔で答えて頭を下げた。
ドアが締まり、動き出す車。後部座席、後ろを振り返りながら、澪は段々と小さくなるみんなに手を振った。
「さっき、話してたカッコイイ男の子、彼氏?」
ルームミラーで澪の顔を一瞬だけ確認すると運転手が問いかける。
「えっ!」
瞬きを繰り返しながら運転手の白髪を眺める澪。
「いやぁー青春って、いいよねーっ!」
運転手は一瞬だけ振り向いて笑顔を見せた。このやけにお喋りな運転手は、この後もなんだかんだと澪に話しかけてくる。
少々けむったく感じたが、その運転手の話にあいづちを打ちながら山を下った。
「でね、ここからが面白いんだ」
運転手がそこまで言いかけた時、澪が着ているジャージのポケットから、今流行りの曲が鳴り響く。メールの受信音である。
「あっ、ちょっと、すみません」
一応、運転手に断ってから携帯を取り出す。その直後、澪はメールの内容に瞳を大きく見開いた。
「朝倉澪。一九九一年、十月三十一日生まれ。出生体重二九八0グラーム。住所、長野市篠井一0三番地。ショートボブが似合っていると自己満足している、ごく普通の篠井高校の一年生。趣味は、捨て犬を拾ってきては両親に叱られること。
春先に拾った四匹目の小犬に、自分が死んでもなれないアイドルと言う名前をつけて、ニ才年下の弟、照哉と共に可愛がっている。好きな男の子の名前は、生田健吾。親友は山下由奈。健吾を見ていたいと言う不順な動機からテニス部に入部するが、ヘッピリ腰とあだ名をつけられ、テニスはつくづく自分に向いてないスポーツだと悟り始める」
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