調律師と父

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 萎びれた白菜みたいだった父だが、やることはちゃんとやっていたようで、通夜の手配も葬式の手配もほとんど一人で終わらせていた。  お棺に遺体を納めるときも、葬儀屋とともに世話しなく動き、道路で車に踏まれてぺしゃんこになった蛙みたいな父はどこにもいなかった。  私はほとんど何もせず母を見ていたが、不思議と涙は出てこない。というより悲しみさえ感じなかった。血の繋がらない他人事のようでどこか遠くを眺めている気分だった。母の遺体の死装束の紐を結んでいても特に何の感情もわかない。  私の心臓は、ピアノの弦のような線でできているのかもしれない。あれ、おかしいな。それならば打てば響くはずだが、打たれても打たれても何も響かない、何も生まれない。塵で埋もれた心臓から埃を吸い出せば少しは正常な動きを取り戻すかもしれないが、その方法さえ忘れてしまった。  本当に母を愛していたのか今になってわからなくなった。本来なら父みたいな反応が、心から母を愛していたという正当な証なのだろう。  棺桶には母が庭で育てていた花たちを入れることにした。どうせ葬儀のときにも大量に入れられるだろうが、あのように人を送るためのものではなく、母が好きそうなものを選んであげたかった。  夏の花に限定されてしまうので、母の好きな小菊は入れられない。まずは定番のヒマワリ。太陽のように華やかだが、種が異常に多くて繁殖力も高く、手入れしないとすぐに数を増やすので注意が必要だ。 「またこんなに種取れちゃったけどどうする?食べる?」  そう言っていた母を思い出す。ヒマワリの種が食べられることは知っていたが、どう見ても食欲が湧いてくる形には見えないし、実際に全くそそられない。  続いてトレニア、マリーゴールド、ペチュニア、センニチコウ、ガザニアなどヒマワリと比べたらぐんと小さな小花たち。全てガーデニング初心者でも育て安いものだと聞いていた。トレニアはパンジーのちっちゃいやつという感じで、いつまで経っても名前が覚えられなかった。  マリーゴールドは一番に覚えた。理由はわからないが人の名前みたいですんなり体に溶け込むように入ってきた。  こんな花たちに囲まれた母からは、死の臭いというものが全くしない。漂ってくるのは艶やかな花たちの(せい)の匂いだ。  それに引きかえ私からは、土と泥にまみれた死の臭いしか感じられない。地面から稲のように生える無数の手たちに足首を掴まれ、今にも地の底に飲み込まれそうな闇しかない。そこに涌く蛆虫たちに生肉を貪られ、終いには骨だけが散在するそんな屍同然の腐敗臭しか漂ってこなかった。
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