調律師と父

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 通夜も葬式も滞りなく終わった。喪主の挨拶もこれまで見たことのないくらいしゃんとした父を見た気がした。新卒から定年までずっと同じ会社で働いていた父らしい心のこもった力のある言葉だった。  こういった法事の際、女性の手が少ないのは困りものだ。偏見と言われてもしょうがないが、男がやるより女性がやった方が場が和む。空気が透き通る。私がてきぱきと動いたところで、あいつはまだ結婚しないのか、嫁はいないのかとこぞって言われるのが落ちなのだ。  あいにく私には兄弟がいないし、母は兄が一人、父は弟が一人でとにかく今日は女手が足りなかった。母の兄嫁と、父の弟の嫁、つまりおばたちがよく働いてくれたので何とか形になった。頭が上がらないし、足を向けて寝ることもできない。こういうときにでもならないと、普段いかに人に支えられて生きているのか忘れてしまいがちなのが人間だ。人への感謝を忘れて過ごしている自分がとてつもなく小さな生き物に思えた。自分一人の力で生きてるみたいに思って粋がってる塵屑(ごみくず)と一緒。  火葬場は初めてではなかったが、生身の肉体が骨になるというのはいい気持ちがしない。約二時間ほどで火葬が終わり、家族、親類が呼ばれてその部屋に入る。鼻をつくような強烈な臭いが漂う中に、神妙な面持ちで頭を垂れ立ち尽くす喪服の人々。ふと黒い箱を思い出した。  職員が骨壺に納める説明を簡単に行った後、順番に箸とか火ばさみみたいな道具を使って骨壺に骨を納める。  ここが頭、喉、手、足……と説明はあったが、特徴的な部位ならまだしも、それ以外は骨のある場所から想像するしない。誰のものであるかもわかりはしない。母のものではないかもしれない。何の確証もない。誰の骨でもいいなら私の骨だったらよかったのに。どうせ生きる屍だ。そう、私は屍なのだ。  誰ともわからぬ骨を箸でつまみ上げ、火ばさみでつっつき骨壺の中へと積み上げる。積み木、いや、積み骨はどこまでも積み上がり私の顔の前でバチッと激しい音を立てて弾け飛ぶ。粉々に砕け散った骨の屑を全て喰らい尽くして塵を掃除しなければいけない。私の骨を一ミリだってこの世に残してはいけない。全て吸い尽くすのだ、私の骨を全て。
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