【00】プロローグ

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 そして脱いだ衣類をさりげなく被せておいたショルダーバッグの中から、隠し持っていた薄型ナイフを取り出す。  使い慣れた得物(えもの)の感触によって本来の冷静さを取り戻した青年は、灯りに引き寄せられる蛾のように脱衣所へ向かった。  彼が全裸のままなのは衣類が濡れることで動きに(わず)かな誤差が生じるのを防ぐためであり、また返り血を浴びても流しやすいからだ。  脱衣所のドアノブに手をかけて、ゆっくりと回す。  シャワールームの曇りガラスの扉の向こう側に、薄明かりにぼんやり照らされて逆光となった大柄なシルエットが見える。  青年は洗面台に置いてあったフェイスタオルをつかんで素早く濡らすと、ナイフが隠れるように意識して握った。  いよいよシャワールームの扉をノックしようとした時、彼の脳内にある有名な噂が浮かび上がった。  今まさに命を奪おうとしている男の背には、見事な「鳳凰(ほうおう)の刺青」が彫られているというのだ。  しかし、それを本人以外の者が決して見てはならない。
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