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「あれって皐月さんじゃない?」
わたしがそう言うと、睦月が「どこ?」と顔を右往左往させた。
「あそこ」
わたしたちを足止めしている赤信号のちょっと右側――道路を挟んだコンビニを指さす。
「あ、ほんとだ。目が良いな風子は」
睦月がそう頷いたので、コンビニの雑誌コーナーで立ち読みしているのは睦月のお姉さん――有原皐月さんで間違いないようだ。
「下校中の皐月さん初めて見た。コートもマフラーもかわいい。わたしもああいうの欲しい」
「姉さんの? 見たことなかったっけ?」
「中学の方が下校時間が早いでしょ」
「そういえば姉さん、きょうは用事があるって言ってたような」
「高校生は用事があれば早退出来るんだ?」
「可愛い人はなにやっても許されるんだよ」
「……意味不明だし、弟が実の姉をそこまで褒めるのは正直引くわ」
「事実を言ったまでだ」
「確かに皐月さんがなんでも出来る才女なのは認めるけどね……」
皐月さんはこの県で一番の公立高校に通ってるし、聞いた話だと高校を出たらヨーロッパに留学するらしい。ヴァイオリン留学だそうだ。
「才女というか天女だよ、姉さんは」
こんな感じでシスコンレベル上級の睦月も、やはり皐月さんと姉弟なだけあって顔が相当いい。遺伝子というものを実感する。
「……睦月もいい顔してるんだから変なことばっかり言ってないでちょっとはその辺の女子も気にしなさい。はあ……わたしは複雑だわ」
「ぼくは姉さん以外興味ない」
「そこまで言い切られると清々しい……ていうか、ほんとに怖いのは皐月さんの方も弟を過度に愛してるってことなんだよね。あんたの家族どうなってんのよ」
「ぼくたちのどこが度を超しているんだよ?」
「家に帰ってきた姉弟を五分間ハグする距離感が適切だとでも?」
「違うよ風子。頬ずりまではデフォルトだ」
「余計に引くわ! ……ああ、わたしの青春は一体どこに向かっているのやら……」
「青春? あっ……風子ってもしかして」
「まさか睦月、ようやく気がついてくれた?」
「姉さんはぼくのものだぞ?」
「……あんた、もういいわ」
睦月が首を横に傾けて、わたしは肩を落とす。中学に入ってからこういうやりとりを三年間も続けている――皐月さんを真似して髪も伸ばしてみたけれど、モデルみたいな皐月さんと背も低ければとくに取り柄もないわたしとじゃ、やっぱりちがうみたいだ。
わたしの恋の進捗は、三年間でゼロにちかいのだった。
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