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わたしたちを長く引き留めていた信号が青に変わる。わたしが先に白線を踏んで、肩越しに顔だけ振り返って睦月にいう。
「で、皐月さんと帰るの?」
「それ以外に選択肢ある?」
「あれ、わたし見えてない? ……いいですよ、ひとりぼっちで帰りますよ。まあ予備校あるしね。あ、でも久しぶりだから皐月さんに挨拶だけしていこうかな」
「挨拶したら帰れよ」
「……あんたの天秤って本当にブレないわね」
横断歩道を渡りきって、睦月がコンビニの自動ドアに一歩踏み出す。透明のドアが横にスライドしておでんの良い匂いが胸に染みこんできたあたりで、わたしの後ろからふいに影が踊り出た。
「――あ」
警告する暇もなく、その割り込んできた人と睦月の肩がぶつかった。背が低く痩せ型の睦月だけがよろけてしまう。
「あっと……大丈夫ですか? すみません」
そう謝ったのは背の高い男子高校生のようだった。
「あ、いえ」
と睦月も軽く頭を下げた。こいつは皐月さんのこと以外なら実は常識人だったりする。
男子高校生はならよかったと微笑むと、もう一回謝罪して店内に吸い込まれていった。
「睦月、大丈夫?」
「ちょっと当たっただけだよ」
そういう睦月はしかし、ぶつかった男子高校生の方をぼうっと見つめている。
「……なにも睨まなくても」
「風子、あの制服ってどこのだっけ?」
「制服?」
「いまの高校生の」
「ああ……あれは……西高だね」
「だよね」
「それがどうかしたの? というか入らないの? コンビニ」
「ちょっと待って」
「……うん?」
わたしと睦月は刺々しい寒さに曝されたまま、入り口の脇に避けて店内を覗きみる。さっきの男子高校生がきょろきょろと何かを探しているような素振りを見せているけれど、商品を探しているような感じではない。
「あの人が気になるの? 確かに挙動不審だね……。あ、もしかして万引きとか?」
「いや違うよ。西高ってのがね」
「西高がどうかしたの」
「姉さんと同じ高校だ」
睦月がそう言い終わるのと同時に、男子高校生はふと何かを見つけたように勢いよく雑誌コーナーに向かった。
「……あ、あの人」
男子高校生が皐月さんに話しかけた。それから皐月さんが何かを言って雑誌を棚に戻し、ふたりは並んで入り口――わたしたちの方に向かってくる。とそのとき、制服の左袖がぐいと引っ張られた。
「隠れるよ、こっち」
「え? 隠れる? なんで? ちょ、ちょっと? ――ぐへっ」
ちかくにあった喫茶店の看板の裏側に、睦月に頭を押さえつけられるように身を潜ませる。変な声を出してしまった。
「静かに」
「わたしへの扱いが究極に雑!」
「しっ」
「……もう」
それでも肩から伝わる睦月のあたたかさにどきどきしてしまう。それはわたしが中学生女子たる証明書のようなものなのだ。
睦月が看板から顔だけひょっこり出してコンビニの方を窺っているのでわたしもそうする。コンビニから出てきたふたりはおしゃべりをしながら、こちらとは反対の方向――駅前の方へと歩を進める。
「……睦月はあの男の人知ってるの?」
「知らない」
「あんたでも皐月さんの知らないことあるのね。彼氏さんかな」
「姉さんの彼氏はぼくだ」
「市役所いって戸籍を見てきなさい」
皐月さんたちが話している様子をみるに親しい間柄であることは間違いない。笑顔で話す皐月さんはより一層魅力的に見える。睦月が執着するのもわかる。
「――なんだか楽しそうだね」
「そうかな」
「そうだよ」
「…………そういうことか」
「なに?」
「あいつが何者かわかった」
「え、だれ?」
「人類の敵」
「……は? ……敵?」
「抹殺しよう」
「いきなり殺人事件!」
そうこうしているうちに皐月さんと彼氏さん(仮)が交差点を左に曲がって見えなくなる。睦月がすくっと立ち上がった。
「……追うよ」
「嘘でしょ?」
「尾行だ」
「……わたし予備校があるんだけど」
「予備校と人類の平和、どっちが大切なの?」
「予備校。大体失礼でしょうが。カップルを尾行なんて」
「あいつは彼氏じゃない!」
「あんたはお義父さんか! それにわたしは必要ないでしょ」
「有事のときに三対一の方が有利だろう」
「皐月さんはあんたの味方前提なのね……」
「駅前のケーキ屋の新作、奢ってやる」
「うっ……」
本場フランスで修行した有名パティシエが作るケーキはこの町じゃ有名だ。中学生のわたしが普段から買えるような値段じゃない。そのケーキがタダで食べられる……でも皐月さんに失礼を働くわけには……。
「季節限定シュークリームもつけよう」
「……限定…………」
「よしじゃあ商店街の方に出来た新しいカフェにもいこう。あっちのアフタヌーンティーセットも姉さんが絶賛する仕上がりだ」
「……絶対、約束だからね」
「決まりだ」
言うが早いか睦月は喫茶店の看板から躍り出る。
こうしてわたしたちの探偵ごっこはスタートした。
……受験、直前なのに予備校さぼっていいのかなあ……わたし。
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