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「見失ったじゃない」
「風子がケーキをおかわりしすぎたせいだ」
「いや睦月がお腹壊したせいでしょ……コーヒー飲めないくせに無理するから」
「だって姉さんと同じものを飲みたいじゃないか」
「姉弟の絆があさっての方向過ぎる!」
わたしたちの探偵ごっこは失敗していた。
皐月さんたちは駅に隣接しているショッピングセンターでウインドウショッピングを三時間近くは楽しんで、例のケーキ屋で小休止した。わたしは尾行の報酬を先払いという形で要求して、つまりケーキを食べながら近くの席に座り様子を見ていたのだけれど、ふいに店を出たふたりに対応できず出遅れたのである。
時刻は七時ごろ。駅前なので真っ暗ということはないけれど、とにかく寒い。一月の街に公立中学の薄っぺらい制服は頼りなく、スカートの下にジャージは邪道派のわたしにとってはかなりきつかった。
「あーあ、何度もあんたのスマホにメッセージ送ったのに。トイレから早く出てくれればこんなことには」
「あ、ごめん。電源切ってた」
「え、なんで?」
「えっと、諸事情で」
なんだその事情とやらは。
「まあいいけどさ。もうやめようよ睦月。これ以上追い回すのは」
「やめない」
「あんたって……ほんと頑固ね。それにさ、これ以上は見ちゃいけない気がするし」
この時間のカップルの向かう先を弟の睦月が見ていいものではないかもしれない。それにわたしだって一応門限があるのだ。
「……やだ」
「どっちにしろもう皐月さんたちがどこにいるかなんてわからないじゃない」
「公園」
「なんでわかるのよ」
「弟の勘」
「シスコンってエスパーでも持ってるの?」
確かにここから公園はそんなに距離はない――皐月さんたちとのタイムラグが十分くらいだから距離の計算も合う。
「風子、公園に行くよ」
「……」
「どした?」
――睦月には言っていないけれど、皐月さんたちがケーキ屋から出るとき、ふたりはケーキをテイクアウトしたのだ。ふたりっきりの公園で食べるのかもしれない。それを邪魔するのは野暮だ。
「やっぱりやめよう」
「じゃあ公園で姉さんたちを見つけたらそれで最後にするから」
「…………それできょうは本当におしまい?」
「……うん」
不服そうに表情をこわばらせる睦月。睦月が皐月さんのことで妥協したのはわたしが知る限りはじめてかもしれない――睦月も心の奥底では、あの男子高校生が彼氏なんだとわかっているのだろう。
「……わかった。本当にこれで終わりだからね?」
「ありがと、風子」
睦月が顔を上げて微笑んだ。
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