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わたしたちは駅から遠ざかるにつれ少なくなる街灯を頼りに歩く。住宅街に入るともう人通りは嘘みたいに少なくなり、ときおり自転車に追い抜かれるくらいだ。皐月さんたちもこの道をふたりきりで、手でも繋ぎながら歩いたのだろうか――横目で睦月の冷たそうな手を見る。わたしの右手と睦月の左手は、遠い。
「いいなあ……」とつい口から出てしまう。
「なにが?」
「彼氏もいて、勉強も出来て、音楽の才能もあって、綺麗で、優しくて、弟にも愛されている皐月さんが。そんな完璧な皐月さんが、ちょっと羨ましい」
「……姉さんはそんなんじゃない」
「ん?」
「姉さんはもっと……普通の姉さんだ」
「……どういうこと?」
「ちいさい頃はヴァイオリンの先生に才能がないって言われて落ち込んだり、よく物を失くして母さんに怒られたり――それでいつも同じところにあったり。いまもそういうところがちょいちょいあるんだけどさ……みんなが気づいてないだけで。姉さんは完璧なんかじゃない。むしろ抜けていて守りたくなるんだ」
「へえ……皐月さんがねえ」
「それに趣味も変だし」
「趣味? ヴァイオリンじゃなくて?」
「サバゲーが大好きなんだ」
「嘘でしょ」
「エアガンとか使ってガンガン打ち合うんだよ。両親には危ないから行くなって言われてるんだけどさ。それでも山奥に行って、きょうは何人殺したー! とか自慢してくる」
あの皐月さんが。意外だ。
「――姉さんの誕生日は五月だったからね。去年は手裏剣と撒菱と鎖帷子をプレゼントした」
「誕生日プレゼントにそれはひくわ……」
「姉さんは喜んでたぞ?」
「……変な姉弟」
「ほら、風子」
「え?」
話をしているうちに公園の前に着いたことに気がつく。枯れた木々の隙間からなかが見える。
「――あ、いるね。公園にいるって本当だったんだ」
淡く光る電灯。その下のベンチにふたりはいた。なにをしているのかは遠くてわからない。きっとおしゃべりでもしているのだろう。
「ぼくを疑ってたのか?」
「シスコンエスパーの勘を信じるのもね……ほらもう満足したでしょ? 帰ろう?」
睦月が皐月さんたちの方をじっと見ている。帰る気はないらしい。
「……約束したでしょ?」
「ちがう……」
「なにがちがうのよ」
「ヘンだ」
「だからなにが?」
「あれ」
ベンチの方をみる。確かになんだか慌てているような感じ。逼迫したような表情。
「睦月、あれってケンカかな……でもまあそうだとしてもわたしたちの出る幕じゃ――あ、」
突然、睦月が駆け出して公園のなかに入っていく。
「あのシスコン……」
静寂を打ち破る睦月の足音。皐月さんたちが睦月の方を見る。
「なっ、なんだ?」彼氏さんが腰を上げる。
「……あれ、睦月?」
睦月は走る勢いそのままに、彼氏さんに不器用なアッパーを繰り出す。
彼氏さんはなんなく顔だけの動きで避けた――と同時に睦月の踏み出した足を払って転ばせ、うつ伏せにさせて腕を取ってさらにその腕を背中におしつける。一瞬の出来事だった。
「いてててててて。降参! 降参!」
うわあ。ダサい。
睦月、弱すぎ。
「有原、この子、だれ? 知り合い? いきなり襲いかかってきたけど……」
「私の弟……」
「え? 弟さん?」
「……私の弟に、なにすんじゃあああ!」
皐月さんが彼氏さんに殴りかかって、わたしはこのカオスな状況にもうこっそり帰ってしまおうかと本気で思った。
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