4人が本棚に入れています
本棚に追加
「財布を落としたみたいなの」
冷静さを取り戻した皐月さんはベンチに座ってそう話した。となりに座る頬を張らした男子高校生は、なんと彼氏さんではなかったらしい。皐月さんから頼んで買い物について来てもらっただけのただのクラスメイトのようだ。それにしても災難な人である。買い物を手伝ったあげく殴られるなんて。
「落とした……それで慌てた様子だったんですね」と、わたし。
「勘違いさせちゃったみたいだね。ごめん」
「わたしたちはいいですけれど。そっちの……えーと……」
「……俺は小山」
「その小山さんに謝った方がいいのでは?」
「この人は大丈夫。ほら」
小山さんは膨れ上がったほっぺたを撫でると恍惚の表情を浮かべている。
「――小山くん、私に殴られると喜ぶから」
「変態が多いなこの町は!」
「……それより姉さん、財布って?」
「落としたみたい。どこにもなくて」
「よく探したの?」
「うん」
「あの、皐月さん。キャッシュカードとか入ってたなら止めた方がいいんじゃ……」
「それは俺も言ったんだけどよ、そういう類のものは入ってなかったらしいぜ。いま流行ってるかなり小さく折りたためる財布で、現金のほかにはポイントカードを二、三枚だとよ」
「なら一安心ですね」
わたしは胸を撫で下ろす。
「でも姉さん、どっちにしろまず電話だ。さっきまで行ったお店に順番に電話をかけて拾われてないか確認したほうが早いよ」
「わかった。睦月の言う通りにする――でもあれ? 睦月、なんで私たちがいろんなお店を回ったことを?」
「「あ」」
わたしと睦月が同時に声を漏らした。
ばれた。
ちなみにそのあと皐月さんがお店に電話をかけたが、どのお店も拾われた財布はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!