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駅前に着く。
結局、《落とし物》を探すわたしたちの旅は不発に終わった。財布はどこにも落ちてなんていなかった。
「もう諦めようかな」
皐月さんがいつになくしょんぼりとして肩を落とす。いつも艶やかな髪の毛もきょうは輝いていないように見えた。
「……落としたものがスマホだったらまだよかったのに」と、睦月。
「なんで?」わたしが訊く。
「姉さんのスマホの位置情報はGPS共有でわかるようになっているから」
「共有ひくわ!」
だからこいつは皐月さんが公園にいることがわかったのか……。それにスマホの電源を切っていたのも皐月さん側から睦月の位置情報をばれるリスクがあったからだ。まったく、弟の勘とやらはどこいったのだ。
「じゃあ姉さん、一緒に交番行こうか?」
「ううん、睦月はもう家に帰りなさい。さっきお母さんに電話したんだけど、睦月は早く返すように言われちゃって」
「でも……」
「睦月がいてくれれば心強いけど、きょうは」
「……わかった。帰る」
「うん……でもその前に、小山くん」
「ん? ……ああ、はいよ」
小山さんがリュックを肩から外すとなかからケーキ屋さんの紙袋を取り出す。それを皐月さんに渡した。そしてそれをそのまま睦月の前に差し出す。
「え、なに? あ、これさっきのケーキ屋の」
「誕生日、おめでとう」
「――え? 誕生日?」
睦月がきょとんとした顔をする。
そうきょうは睦月の誕生日だ。皐月さんの誕生日が五月ならば睦月の誕生日は一月。姉弟そろって名前の由来は同じなのだ。睦月は自分の誕生日を忘れるくらい尾行に夢中だったらしいのだけど。
「睦月はチョコレートケーキが好きだからそうしたけど……さっき食べちゃってたら、ごめんね」
「姉さん……ありがとう。嬉しいよ」
睦月が宝物のように紙袋を抱きしめる。
「じゃあわたしたちは帰ろうか、睦月」
「うん。風子もありがと。付き合ってくれて」
わたしは手をひらひら振って身を翻す。しかし睦月はついてこない。
「? どしたの睦月」
「……ちょっと待って」
「うん?」
「……姉さん、ここ調べた?」
「ここ?」
皐月さんが綺麗な眉を歪めた。
「ここ。この紙袋のなか」
「……調べてないかも。でもそこには入れてないよ」
睦月は紙袋の中央だけを止めてあるお店のロゴ入りテープを外して口をひらく。そして、
「……あった」
「「え?」」
わたしと小山さんの声が重なって、皐月さんが睦月に駆け寄る。
「本当だ。私の財布だ……小山くん、風子ちゃん、ごめん。私、ここに入れてたみたい……」
「姉さんは小さいころから買い物袋に財布を入れて、いつもないないって騒いで母さんに怒られてたから……今回も紙袋の隙間から入れちゃったんでしょ、きっと」
「そうかも。さすが睦月。ありがと。よかった……」
「もう。姉さんは抜けているんだから」
「ふふ、ごめんごめん」
笑い合う皐月さんと、睦月。
そんな姉弟の様子をみてクスリと笑ってしまう。隣を見上げると小山さんも笑みを零していた。きっとわたしと同じ気持ちになっているのだろう。
やっぱり睦月と皐月さんを見ていると姉弟っていいなと思う。好きなものとかこういう癖とか、そういう全部を理解してくれる人がいるのは本当に羨ましい。
わたしもいつか、睦月とこういう関係になれる日が来るだろうか。そうしたらきっと楽しいだろうとそう思っていると、皐月さんが睦月に激しく頬ずりをする。……はあ。わたしはこんなのに憧れているのか。複雑な気分だ。でもまあ。
「仲が悪いよりはいいか」
そんなちょっと行き過ぎているふたりに、やっぱりあんたら姉弟はひくわとツッコんで、わたしはもう一度破顔した。
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