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女神の錆びた斧
「俺、木こり辞めるわ」
訪ねてきた友人は唐突にそう言った。
「え?どうしてだよ。俺たち二人、最後まで木こりでがんばろうって言ってたじゃないか」
俺が生まれ育った町には林業を生業とする家が何軒かあった。なかでも俺と友人の家は最も古くから木を切ってきたという。その矜持があったのか、他の家はとうの昔に機械を導入して効率化を図っているのに対し、俺たちのご先祖さまはずっと斧で木を切ることにこだわってきた。幼い頃からそう言い含められて育ってきた俺と友人は、二人して家の仕事を継ぐとなったとき、そう誓い合ったのだ。
「そうは言ったけどさ、実際、もう限界だろ。斧でちまちま木を切るなんて。そもそも林業自体ももう儲からないし」
「じゃあ辞めてどうすんだよ」
「この町を出る。で、店でも始めようかと思って」
「店って……お前、そんな金どこにあるんだよ」
友人はしばらく逡巡してから、ため息混じりに口を開く。
「実はさ、この前、普段は足を踏み入れない森へ行ってみたんだよ。そこで木を切ろうとしたら、手が滑って池に斧を落としちゃってさ。そうしたら、女神が出てきて……」
「おいおい。それってイソッブ童話じゃないのか?」
あぁ……と友人は視線を泳がせてから、
「まあ、そうだな。過程は違うけど結果的には童話と同じようなものだ」
「過程は違うってどういうことだよ」
「複雑な事情があるってことだ」
友人はそれ以上追求されたくないのか、
「とにかく、俺は金の斧と銀の斧をもらったんだよ」
「まさか」
鼻で笑う俺を、友人は真剣な眼差しで見つめる。
「本当なのか?」
「そうなんだよ。で、もらった金の斧と銀の斧を売ったら結構な額になってさ。その金を元手に店を始めるってわけ」
木こりを辞める理由をでっち上げるにしても、こんな嘘はつかないだろう。と言うことは、本当に女神が?
「そういうことだから、悪いな」
拝むように両手を合わせてから、友人は逃げるように去っていった。
なんてことだ。あいつがいたから俺もこの仕事をがんばって来られたのに。裏切られて腹立たしい思いと、木こりを辞めるあいつを羨ましく思う感情がない交ぜになって複雑な気分だ。
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