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俺だって、金さえありゃこんな町、今すぐ出て行くのに。
金さえありゃ……って、そうだ。俺もあいつの真似をすりゃいいんだよ。件の池を探し出し、そこに斧を放り込めば……。
斧を手に俺は急いで家を出た。
池探しは困難を極めた。いつも友人が木を切る森でのことなら簡単だったのだろうが、彼は普段は行かない森と言っていた。範囲は途方もなく広い。
それでも数週間かけてようやく見つけた。池というよりも沼のように見えるが、他に池と呼べるものは見当たらないのだからきっとこれに違いない。
澱んだ水面を睨みつつ、思い切って俺はそこに斧を投げ込んだ。
しばらく待っていると、水中にぼんやりとした光が見えた。それはどんどん眩くなり、目も開けていられなくなる。
まぶた越しに光が弱まるのを感じ、恐る恐る目を開けた。
そこにいたのは女神……なのか?
女神といえば色が白く、清楚で神々しくて美人。勝手にそんなイメージを持っていたのだが、目の前にいるのは確かに美人には違いないだろうが表情が暗く、少し影のある年増だ。
体を斜に構え、気だるげな眼差しでこちらを見ていた彼女は斧を差し出すと、
「ほら、落し物だよ」
酒焼けのようなしゃがれ声。その風貌と相まって場末のスナックのママにしか見えない。それでも後光を放ちながら水面に浮いているところを見ると、何がしかの不思議な力を持っているに違いなく、やはり女神と言うことになるのだろうか。人それぞれ個性があるように、女神にも色々あるのかもしれない。こんなことなら友人に詳しく聞いておくべきだった。
それにしたって話が違うぞ。金の斧も銀の斧もなく、いきなり俺が落とした斧を見せられてしまったじゃないか。この場合、素直に受け取るしかないのか。まさか自分の斧じゃないと言うわけにもいくまい。
「すみません。ありがとうございます」
斧を受け取り、このまま帰っていいものかと迷っていると、女神は俺をしげしげと眺めながら、
「あんたも木こりだろ?」
「ええ、まあ」
「ふーん」
女神の表情はどこか憂いをおびていた。なにか訳ありなのだろうか。それに、あんたも、と言ったのが気にかかる。あんた、ではなく、あんたも、なのだ。
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