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その声にハッとなり顔を上げる。女神は凍てつくような眼差しで俺を見ていた。
「さっきから思ってたんだけどさ、もしかしてあんた、あの男のこと、知ってるのかい?」
そんなひどいことをした男のことなのだ。普通なら知らん振りを決め込むのが得策だろう。だが相手は女神。嘘をついてばれない保証はない。ばれたら罰を与えられかねない。ならば正直に言うか。そうだ。例の童話だってそうじゃないか。金と銀の斧は正直者へのご褒美だったはず。
「実は、私の友人です」
「はぁ。やっぱり……」
怒り出さない女神に安堵していると、
「と言うことは、あんたもあわよくば金と銀の斧を手に入れよう、なんて考えてきたんじゃないのかい?」
まさしくその通りだったので、黙って肯いた。
呆れ顔の女神は、
「しょうがないねぇ。人間の欲ってやつは」
ため息混じりに笑ってから、
「残念ながら、あたいはもう金と銀の斧は持ってないんだ。でもその代わり……」
水の中に手を突っ込んだ女神は、ほらと言ってなにかをこちらに投げて寄越した。
それは普通の斧だった。池の淵に転がるそれを拾い上げ、しげしげと見る。錆の浮いた刃にはなにかどろどろとした汚れがこびりついていた。
「ついでにこれもあげるよ」
その声と同時に俺の足元にどさりとボストンバッグが落ちてきた。
視線を上げると女神は小さく笑い、
「じゃあ、あんたもがんばりな」
その顔は最初に見たときよりも急激に老け込んだように思えた。彼女はそのまま音もなく池の中に姿を消した。
どういうことだろうと思いつつバッグを開けてぎょっとなった。札束が詰まっていたのだ。
いいのだろうか。こんな大金。
しばらく池の様子を伺ってみても女神が再び出てくる気配はない。
あげると言ったのだから、もらっても罰は当たらないだろう。
じゃあこんな錆びて汚い斧はいらないなと思い捨てようとしたのだが、考えを改めた。女神がくれた斧なのだ。もしかしたら何か謂れのある特別な斧なのかもしれない。
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