春樹の追想 兄と妹

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春樹の追想 兄と妹

私は実の父親の訃報を受け、夏姫の両親と共に朝一番の飛行機で地元に戻っていた。 四季からの連絡のあと、お父さんの行動は早く、ネットで早急に飛行機のチケットの手配とホテルのキャンセル行うと、早々に空港まで車を飛ばした。 そして、私たちは飛行機に乗り込むと到着までの間、ひと時の休息をとる。 お父さんもお母さんも、四季からの連絡以降眠ることなく対応してくれたから少し疲れたようだった。 私も睡眠不足と動揺とで疲れていた。だけど、眠れない。 お父さんに諭されてから葬儀には出る事になったのだけど、結局あの後自分と言うものが分からなくなってしまったのだ。 実の父だった人が死に、私の隣でお父さんと毎日呼んでいた人が本当は他人。 頭は俺の物なのに、身体は私の物じゃない。 自分に迫りくる混沌が脳裏から離れず、私は身震いをする。 その様子をみたお母さんが「大丈夫?」と言って、借りていたブランケットを膝に掛けてくれた。 私はお母さんの好意に対して「ありがとう」とだけ告げて、仮の両親とは反対の方向を向く。ありがたい事に、窓際の席に座っていたので眼下に広がる景色をただ眺めた。 ……こんな気持はいつぶりだろう。 私は昨夜覚えた恐怖を思い出す。 失恋や別れとは違う哀しみを私は過去に何度も経験してきた。 だが、あの夜の不安な気持ちを感じたのはいつだったのだろうか、私は目を閉じながら考えていると、脳裏に四季の言葉が蘇る。 「あなたは掘っては置けなかったわ……だって、馬鹿だもん」 私がこの体で四季と一緒にお風呂に入った時に四季が言った言葉だった。 その言葉が何度も脳裏を駆け巡っていた。 ※ 私は20年前の事を思い出した。 今の夏樹と同い年の中学三年生の頃の田島 春樹の記憶だった。 当時の田島家は公務員をする実直な父と少し気の強い専業主婦の母、そして俺ともう一人、妹がいた。 彼女の名前は田島 樹愛。樹に愛と書いて『きあ』。 母の一字をどうしてもあてたかったからと言って、樹愛なんて親のネームセンスには疑問を感じるが、2歳ほど年にの離れた女の子だ。 妹は幼い頃から身体が弱く……なんて事は無い元気で明るい性格の女の子だった。 だが、思春期真っ盛りの彼女は俺と口を聞く事が少なく、サッカーで朝練やトレーニングをしていた俺は家で妹と顔を合わすことさえ無くなっていた。 だから、たまにリビングなどで顔を合わすと何を話せば良いかわからず、何かといえばよく喧嘩をしてしまっていた。 そんなことは兄妹の間ではよくあることなのだ。 そんな妹のことを俺は四季や秋によく「可愛くない妹だ!!」と漏らし、彼女達に苦笑いをされていた。 そんなある日、俺は秋と共に中学校から帰っていた。 すると、目の前には帰宅途中の樹愛とその友達が歩いていた。 「よぉ、キィちゃん」 秋が人の気も知らず樹愛に声を掛ける。 すると、樹愛の友人二人が寄り添って何かを囁き合っている。その様子に樹愛は、「ちっ」と舌打ちをする。 それもそのはずだ。 うちの中学のサッカー部の主将とエースが樹愛に声を掛けてきたのだ。 自分で言うのもなんだけど俺たちはそれなりに人気があった。その二人を目の当たりにし、目の色を変えても不思議ではない。 そして、樹愛自身もそこそこ可愛らしいのだが、それでも俺に劣等感を抱いていた様だ。 「なんですか?」 樹愛は睨みつける様な顔で俺を睨みつける。 その様子に秋はたじろぎ、俺はその態度に腹を立てる。 「用がないんだったら声を掛けないでくれません?迷惑です」 そう言うと、樹愛はふいっと顔を背けて立ち去ろうと歩き始める。 秋はその態度に「えっ、あぁ…」と言ってその場に立ち止まる。 「なんだよ、その態度は!!」 妹の態度を見た俺はカチンと来てしまい、樹愛の肩を掴むと声を荒げる。 その様子を見た秋は驚き、樹愛の友人2人は肩を寄せて怯える。 そして肩を掴まれた樹愛は俺の顔を見ると「触らないで!!」と、強い口調で拒絶する。 その声にますます怒りがこみ上げた俺は逆に妹の両肩を強く握り、「だから、なんだって言ってんだよ、その態度は?年上に対して出す態度か?」と、普段なら口にしない言葉を口にする。 「年上だから何よ!!ただサッカーがうまいからっていい気になって!!調子に乗らないで!!」 と言われた瞬間、俺は樹愛の頬を叩く。 今になってみれば兄妹とはいえ、女の子に手を出した事に後悔したが、この時の俺の怒りは頂点に達していた。 それを見た秋は慌てて俺の肩を掴み、友人2人は樹愛の肩を持つ。だが、母に似て気の強い樹愛はすぐに立ち直り、逆に俺の頬を引っ叩く。 幼い頃はよく兄妹喧嘩をして殴り合ったものだが、中学生にもなって、しかも家の外で殴り合うとは思っても見なかった。 秋に掴まれた俺はやり返すことが出来ずにもがいていると、樹愛は涙目になりながら「最低!!」と言って走り去り、友人達もその後を追う。 残された俺と秋はただ立ち尽くし、俺の怒りが収まるのを待った。 しばらくして落ち着いた俺は秋と共に家の近くにある公園へと歩き始める。そこは幼い頃から俺たち3人がよく遊んだ公園で、嫌なことや悩みがあると俺たちはよくここに来ていた。 夕暮れのなか、俺たちはベンチに座る。 「春樹、あれはねぇよ。さすがに叩くなんて…」 「ああ、わかってる。だけど、あの態度はどうも…」 思い出すだけで怒りが再発しそうな顔をする俺を見る。 「……羨ましいな、お前は。きいちゃんみたいな可愛い妹がいて」 「お前も兄弟みたいなものだろ?」 と言うと、秋はため息をつく。 「違うよ。お前とはずっと一緒にいるが、帰る家が違う……」 秋の家は共働きだった。だから、うちでよくご飯を食べていたが、本当は家族と一緒にご飯を食べれなかった事は寂しかったようだ。 「でも、あんな可愛くない妹なんていらねぇよ!!可愛くねえ」 ぶり返してきた怒りに俺は思ってもいない言葉を口にした。 「そんなこと言うなよ。ならきいちゃんは俺がもらうぞ?」 秋は苦笑いをしながら冗談のようで冗談じゃない事を言う。 「ああ、あんなんで良ければやるよ。そしたら晴れて兄弟だ!!」 俺たちは笑いあう。 だが、この時に交わした言葉は果たされる事はなかった。 あの日、あんな事がなければ秋も、四季も、俺も違う人生を送っていたのかもしれない……。 それこそ、この姿にもなっていなかっただろう。
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