この夜、僕は生かされた。

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 バドミントン部の指導を終えて職員室に戻る途中、坂本先生に話しかけられた。 「太田先生の電話が何度か鳴っていたわよ」 「そうですか、ありがとうございます」  職員室の机の引き出しから、携帯電話を取り出して履歴を確認する。  明良が亡くなったことを教えてくれた高校時代の友達、吉長からだった。  人気のない廊下に出て電話をかけると、用件はやはり明良の葬儀に関してだった。  海外で亡くなったこともあり、僕は正直にこれからどう動けばいいのか分からないことを伝えた。  吉長は、共通の恩師やこういう事態に詳しそうな人を当たってみる、と言ってくれた。  海外にすぐ行けるわけもなく、身動きの取れない僕は、何もできない悔しさに耐えるしかなかった。  職員室の椅子に座ると、何とも言えないさまざまな疲れがどっと押し寄せてきて、僕は解答用紙が積み重なった机に突っ伏した。      * 「太田先生、大丈夫?」  職員室に戻ってきた坂本先生の声が聞こえた。十分ほど眠ってしまったようだった。 「すいません、ちょっといろいろあって……」 「早く帰ったほうがいいわよ。疲れた顔して」 「でも、テストの丸付けがあるので」 「明日でもいいんじゃない。そんな様子じゃ、無理よ。採点ミスするわよ」  ふと、茜の顔が浮かんできた。明日テストが返されるのを彼女は待っている。  きっと他の生徒もそうだろう。  僕だって中学生のころは、テストの次の日に返されるのが当たり前だと思っていた。  職員室の壁の時計は午後七時を回っていた。  今から始めれば、日付が変わるまえには終わるだろう。 「かわいい生徒たちのために、やっぱり頑張ります」  坂本先生はそれを聞いてもう何も言わなかった。良くも悪くも教師とはそういうものだ。  子どもたちが好きだから頑張れる。  その思いをすべての教師が持っているはずだから。  僕の横で、坂本先生は姿勢を正し、丸付けを始めた。数学なので、採点作業は素早い。  心地よいリズムで赤ペンの動く音がする。  そのリズムに乗り遅れないように、机の上を軽くティッシュで拭いたあと、僕も丸付けを始めた。
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