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 初めて狼に魅力を感じたのは、確か小学三年生の時だった。  シートン動物記の中にある「狼王ロボ」を読んで、ロボとブランカの虜になった。  気高く賢く、その統率力で絶対的なリーダーとして君臨するロボ。  白く美しく、ロボが唯一自分の前を行くことを許した愛しい妻ブランカ。  文字を追いながら、僕は遥かなるコランポー平原を、たくましいロボを、しなやかなブランカを思い浮かべていた。  牛や羊たちを守るために策を巡らすシートンと、生きるために狩りをするロボたちとの知恵比べ。  やがてシートンがブランカの捕獲に成功し、愛する妻を失ったロボは冷静さも失ってゆく。  あれほど狡猾だった狼王の末路、ブランカを失った悲しみを思い、小学三年生の僕は、シートンに憎しみを抱いたことを覚えている。  お互いが生きていくための選択をしたその結末。そこに僕は、命の重さをひしひしと感じ取っていた。    そんなある日、自分の住んでいる仙台市に「狼石(おいぬいし)」という碑があることを父から教えられた。  僕は飛び上がるほどに喜んだ。  ニホンオオカミという存在も知らなかった僕は、ただひたすら、ロボとブランカを思った。        *  休日に連れて行ってもらった狼石からは泉ヶ岳が見えた。  昔、仙台へ薪を売りに行っていた庄之助が、喉に骨の刺さった狼を助けてあげた。それからというもの、庄之助が仙台から帰る時は、その狼が家の近くまで送ってくれるようになった。庄之助はおむすびを必ず二つ持って行き、別れる時に狼へ一つあげた。庄之助が亡くなった時には、山から悲しげな遠吠えが聞こえてきたそうだ。  やっぱり狼は悪い生き物じゃなかった……。  子どもながらに僕は、清々しい気持ちで泉ヶ岳へと続く白い雲を見ていた。  狼石の側には、他にも石が並んでいた。  狼石がロボで、周りにあるのは群れの仲間たちだと思いながら、僕はその一つ一つに触れて回った。  最後にロボを、庄之助という人を守ってくれた狼の頭を、そっと撫でた。  大好きな狼さん、どうかこれからの僕を見守っていてください、と願いながら。  木々が寂しくなり、落ち葉が敷き詰められた秋の日だったが、狼石に触れた右手は不思議と温かかったことを覚えている。
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