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そんな時、やっとあの、何十年も前に落として失くしたものが見つかった。落としたのはあんなに昔なのに、どうやって私のところに戻ってきたのか、どんなに考えても分からない。
夫や娘たちにそれを見せると、「本当にそれがそうなの?」、「そんなつまらないものが、ずっと探していたものだったの?」と、全員が同じことを言うので、私はちょっとむくれた。
ある日、夫がこっそり私に囁いた。
「君が探していた“あれ”だけど、実はずっと俺が隠していたんだ」
絶対に嘘だ。だって、落としたのは夫と出会う前だから。
娘たちもそれぞれ同じことを言ってきた。そんなことはあり得ないというのに。
「ごめんね、お母さん。あれを取ってずっと持っていたのは私なの」
「お母さんのバッグからあれが落ちたのを、私、見てたの。すぐ拾ったんだけど、お母さんには渡さなかったの」
公園で知らない男の子が私の側にやって来て、同じことを言った。
「おばさんの大事なものを今まで隠してたのはオレなんだ。なんかずっと言えなくて…。ごめんなさい」
もう何が何だか分からないけど、それは今、自分の手の中にある。だから、誰かが黙って持っていって、ずっと隠していたんだとしても、そんなことはもうどうでもいい。
夫が亡くなった。亡くなる数日前に、私の“あれ”とそっくりなものを手渡してきた。
「あなたも持ってたの?」と聞くと、小さく頷いた。
だから私は今、あれをふたつ持っている。私もすっかり年を取ってしまったし、このふたつは娘たちに一つずつあげようかと考えている。あの時、二人があんなことを言ったのは、きっとこれが欲しかったからだ。
ふと公園で会った男の子の顔が頭に浮かんだ。あの子にもあげられたら良いんだけど、私はふたつしか持っていない。
そうしたら、次の日、同じデイサービスに通っているタキ子さんから「良かったらあげる」と、そっと手渡された。良かった。これで三つになった。
あの男の子に会いたい一心で、しばらく公園に通って、二か月後にやっと会うことができた。でも、その子は「何だっけ?」と覚えていない。
「欲しい?」と聞くと、「う~ん…」と考え込んでいるので、そんなに欲しくないのだろうと、あげないで持って帰ってきた。
さて、ふたつは娘たちに渡すとして、残る一つはどうしよう。これのことを知らない人には、あげる訳にはいかないような気がする。
タキ子さんは、どうして私がこれを欲しがっていることが分かったのだろうか。訊いてみようと思ったが、あの日以来デイサービスに来ていない。介護士さんに訊いたところ、グループホームというところに入ったから、もうここには来ないのだそうだ。
なぜか、タキ子さんのことをズルい人だと思ってしまう。
考えてみると、私は二十代の半ばくらいから、ずっとこれのことばかり考えていた。大事なものには違いがないけれど、もう手放しても良いような気がする。
娘たちにあげる分は、さっさと渡してしまおう。まさか、娘たちもいらないと言うだろうか?
どうすればこれを欲しがっている人を見つけられるのか、私には分からない。今までは、全て相手のほうから声をかけてきた。
いっそのこと、死ぬまで持っていて、遺体と一緒に焼いてもらおうか。ふむ、それもいいかもしれない。
でなければ…。もう一度、わざとどこかに落としてこようか。
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