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「全、ここ・・・・・・」 「俺に聞くのか・・・・・・」  郁人が開いているのは数学の教科書。高校なんてもう十年以上も昔だ。もともと勉強はあまり好きではなく、必要に駆られてやっていた。チラリとのぞくと懐かしさを感じる。意外とわかるかもしれない、と身を乗り出した。  俺が説明するのを、真剣な眼差しで聞く。「あ、そっか」と納得したように呟くと、サラサラとペンを動かしあっという間に解いてしまう。郁人は頭がいい。理解力が高く、吸収も早い。本当にできた子どもだな、と感心するほどだ。 「そろそろ時間だろ。送ってく」 「えぇ、もうちょっと」  時計を見るともう九時半を過ぎている。高校生になって少し自由がきくようになったからといって毎日のように遅くなるのはどうかと思うのだ。ふて腐れたような郁人の頭をクシャッと撫でて「また来たらいいから」と優しく諭す。  郁人の事を無下にはできない。家族同然、弟同然の大切な存在だ。 「明後日の土曜日、全仕事休み? 朝から来ていい?」 「バイトないのか?」 「バイトは日曜。だから日曜来れないから、土曜日は全といたい」 「いいよ」  郁人が俺の事をどんな存在だと思ってくれているのか聞いたことはない。でも、少しでも甘えられる存在でいられたらうれしい。  鞄に教科書などを片付け、立ち上がった郁人。俺も財布とスマホ、家の鍵を持って立ち上がった。
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