16人が本棚に入れています
本棚に追加
俺の名前は野村圭一。
高校1年生。
現役高校生ながら「KEI」という名前でモデルをやってる。
人気は結構あるみたいで、街とか歩いてるとミーハーな女どもが騒いだりする。
スカウトされてモデルになった訳だけど、別に俺はナルシストじゃない。
小さい頃、大好きだった幼なじみのお兄ちゃんがいて、たった2つしか違わないのにそのお兄ちゃんはすごくカッコ良かったんだ。
だから少しでも近付きたくて、自分を磨ければいいと思ってモデルの仕事を始めたって訳。
そして、夏休みを迎えた今日。
そのお兄ちゃんと、8年振りに再会する。
お兄ちゃんの名前は深田雅宏。
俺はずっとお兄ちゃんを「まーくん」と呼んでいた。
今、高校3年生のはずだ。
俺が8歳の頃まで近所に住んでいたんだけど、親の仕事の都合とかで遠くへ引っ越して行ってしまった。
あの時はさすがの俺も泣いたな。
だってまーくんはすっごくカッコ良くて優しくて、俺にとっては理想のお兄ちゃんだったから、上の兄弟がいない俺はまーくんが俺のお兄ちゃんになってくれればいいのにってずっと思ってたんだ。
毎日のようにまーくんの後ろをくっついて歩いてたな。
本当に、大好きで大好きで仕方なかったんだ。
連絡があったのは1週間くらい前。
電話を取ったのはお袋で、かけてきたのがまーくんのお袋さんだった。
まーくんの親父さんが仕事で海外に行ってしまうそうで、まーくんとお袋さんは日本に残るらしい。
お袋さんはまーくんが夏休みの間だけ親父さんに付いて海外へ行くみたいで、まーくんだけが先に来るという事だった。
そして、まーくんが編入してくる高校は偶然俺が通ってる高校だったんだ。
以前住んでた家に戻って来るって言うから、俺は引っ越しの手伝いを引き受けた。
大きな荷物はもう運んであって、まーくんだけが今日、電車で来るって言うんだ。
8年振りの再会か⋯⋯。
まーくん、きっと滅茶苦茶カッコ良くなってるんだろうな。
もしそうなってたら、モデルにスカウトするのも悪くないかな。
俺と一緒にモデルしたりして。
だけどまーくん冷たいよな。
8年間、1回も会いに来てくれなかった上に手紙すらくれなかったし。
電話だって1年に1回かかってくればいい方だったからな⋯⋯。
まあ当時小学生だったワケだから会いに来るのは無理だっただろうけど。
でもここ1年くらいは電話もかかってこなかったし。
俺から電話した時も忙しいとか用事があるとか言ってつれない態度だったし、中学の時は夏休みに会いに行くって言ったら何だかんだ理由つけて断られたし。
俺、もしかして嫌われてたのかな⋯⋯。
まーくんは誰にでもすごく優しかったから、例え俺の事を嫌いでもそうとは言えない性格だっただろうし。
そんな不安を振り払って俺は家を出た。
向かう先は、まーくんが降りる駅。
昼くらいとしか聞いてなかったから、正確に何時何分に到着の電車なのかわからない。
俺は駅の前でぼうっと立っていた。
だけどひとつ失敗してしまった。
再会できる嬉しさと緊張で変装するの忘れてたんだ。
これでも俺けっこう人気あるみたいでさ、素顔さらして歩いてるとファンだとか言う女どもに囲まれる事もあるんだよな。
とりあえず、顔を見られないように俯いて立ってると。
「⋯⋯ケイ?ケイだよね?」
目の前に誰か立って、そう声をかけてきた。
ミーハーなファンか?
そう思って俺はゆっくり顔をあげる。
不機嫌そうな顔でそいつを睨んだ。
⋯⋯男だよな、こいつ。
身長は俺より10センチくらい低いだろうか。
俺が180センチくらいだからこいつは170前後くらいだろう。
何となく見覚えがあるんだけど⋯。
もしかしてクラスメイトとかだったかな。
人の顔を覚えるのは苦手だし、仕事が入ると学校休んだりするからクラスメイトの顔だってろくに覚えちゃいないんだよな。
「あんた誰?」
不機嫌そうな顔で俺が睨むと、そいつはあからさまに傷ついた顔になる。
何なんだよ。
こんなクラスメイト、いたっけ⋯⋯。
「ケイ、だよね?」
そいつは確認するように訊いてきた。
俺が有名人だからって、いきなり呼び捨てはないだろう。
雑誌やなんかで俺の事を見てて、そいつからしてみれば初対面の気がしないんだろうけど、俺はこんな奴知らないし、全くの初対面の筈だ。
多少は礼儀ってもんを心得てもらいたいよな。
そんな事を思いながら更にそいつを睨む。
傷ついた顔したって無駄だぞ。
「ああそうだよ。それであんたは誰なんだよ?」
「俺の事、忘れちゃった?」
そいつは悲しそうな顔で俺を見つめてくる。
⋯⋯待てよ?
もしかして。
いやまさか。
俺は信じられない思いに駆られながら、ゆっくりとそいつの目を見た。
「まさか⋯⋯まーくん?」
俺が恐る恐るそう訊くと、急にそいつの顔がぱっと輝く。
「そうだよ。良かった。8年振りだし、思い出してくれなかったらどうしようかってずっと不安だったんだ」
そいつ─深田雅宏ことまーくんは嬉しそうに微笑んだ。
衝撃的な、8年振りの再会だった。
こんな衝撃を受けたのは、まーくんが引っ越しをするって知った時以来だ。
変わったな、まーくん⋯⋯。
8年前はあんなにカッコ良かったのに。
とっても優しくて頼れるお兄ちゃんだったのに。
俺の理想で憧れで、目標だったのにっ。
「詐欺だ⋯⋯」
俺は思わずつぶやいていた。
「え?」
まーくんが小首を傾げる。
そんな顔でそんな仕草しないでくれよ⋯⋯。
「昔はあんなにカッコ良かったのに⋯⋯何でこんな⋯⋯」
俺はその場にしゃがみ込んだ。
「何?どうしたの?」
まーくんも俺の前にしゃがみ込んで来る。
「だって」
俺は顔を上げてまーくんの顔を見た。
あんなにカッコ良かったのに。
あんなにカッコ良かったのにっ。
あんなにカッコ良かったのにっ!
8年前とは全く似ても似つかない顔になっちまって。
辛うじて、目元に8年前の面影らしきものが見える程度だ。
幼少期の8年ってすごい年月だと実感したよ。
こんなに顔が変わっちまうなんてさ。
「⋯⋯とりあえず家に来てよ。お袋が会いたがってるから」
「あ、うん」
まーくんは戸惑いながらもこくりとうなずいた。
俺は衝撃を隠せないまま歩き出す。
まーくんには悪いけど、本当に、本当にショックだったんだ。
家に戻ると、すぐにお袋が出迎えてくれた。
「おばさん、お久し振りです」
まーくんはおずおずと頭をさげる。
「雅宏ちゃん⋯⋯なの?」
そんなまーくんを見てお袋は目玉が飛び出すくらいびっくりしていた。
やっぱりな。
お袋もまーくんが来るって知って「凛々しくて利発そうな顔だったから、きっとあんたの数倍はカッコイイ男の子になってるでしょうね」なんて言ってたもんな。
「雅宏ちゃんて、女の子だったっけ?」
ようやく我に返ったお袋が最初に言ったのはそんな言葉だった。
そう。
そうなんだ。
そうなんだよ。
あんなにカッコ良かったまーくんは「女の子だったっけ?」って思ってもおかしくないくらいに、それはもう滅茶苦茶可愛くなってたんだ。
美少女だよ美少女。
昔はあんなにカッコ良かったのに。
だから俺は、今まで理想で憧れで目標にしてたものを突然失った気分になってしまってショックだった。
まーくんに少しでも近付くためにモデルにもなったってのに。
これじゃ近付くどころかますます遠のいてるよ⋯⋯。
いやまあ、それはいいんだけどさ。
「嫌だなあ、男だよ」
まーくんは困ったような顔で笑う。
いや、ちっとも男になんか見えないんですけど。
そこらの女なんかよりよっぽど可愛い顔。
ぱっちりした黒い瞳。
ぽってりピンクの唇。
透き通るような白い肌。
どのパーツを取っても俺の理想の女の子像にはまるんだ。
あんなカッコ良かったまーくんがこんなに可愛くなるなんて誰が想像するだろう。
「なんだかすごく可愛くなっちゃって」
お袋はびっくりはしたものの、すぐに笑顔になった。
嬉しそうにまーくんを見てにっこり笑う。
「可愛いって言わないでよおばさん。俺この顔けっこう気にしてるんだから」
「あら、だって本当の事なんだもの」
お袋はそう言いながらリビングへ向かう。
俺とまーくんもそれに続いた。
リビングには夏休みでだらだらゲームしているぐうたらな弟が2人。
弟の友幸(ともゆき)と智(さとる)だ。
友幸は中3で智が中1。
「あんたたち。圭一が雅宏ちゃん連れて来たわよ。挨拶しなさい」
お袋は2人に声をかけてキッチンへ行った。
俺とまーくんはリビングにいる弟に目を向ける。
「うーい」
友幸が気のない返事をして振り向いた。
智も振り向く。
そして2人は案の定というか、まーくんを見て固まってしまった。
ガキの頃まーくんと遊んでたのは俺だけだ。
こいつらまだちっちゃかったからな。
まーくんが来るって連絡を受けてからお袋がずっと「きっと圭一の数倍はカッコ良くなってる筈よ」なんて言ってたから、こいつらかなりカッコイイ男を想像してたんだろう。
固まるのも無理ないか。
「ケイの弟君たちだね。よろしくね」
そんな事知らないまーくんはにこやかに弟たちを見た。
「あ、初めまして⋯⋯」
呆然とした顔で友幸が挨拶する。
「初めまして⋯⋯」
智も、ぼうっとしてまーくんを見つめたまま挨拶をした。
2人はしばらくの間、ぼけっとした顔でまーくんを見つめていた。
「なんだか固まってるけど、どうかしたの?」
まーくんはそれを不思議に思ったのか、俺に訊いてくる。
「まーくんの顔が想像したのと正反対だったから驚いてるだけだよ」
俺は小声でそう答えると、呆れた顔で弟たちを見た。
「どんな顔を想像してたの?」
まーくんが訊いてくる。
「モデルばりにカッコイイ顔」
俺は複雑な顔でそう答えた。
今度はまーくんが複雑な顔になる。
「いや、そんな顔想像されても」
「だってまーくん、あの頃はめちゃカッコ良かったし」
俺は当時のまーくんを想像してそう言った。
「う~ん、それは8年も前の事だしね⋯⋯」
まーくんは困ったような笑みを浮かべている。
「聞いてたのと話が違う」
先に我に返った友幸がつぶやいた。
「うん。全然違う。男だって聞いてたし」
智がうなずく。
「いや、あの、男だよ?」
まーくんが智を見た。
「「ええっ!?」」
智と友幸が同時に声をあげる。
やっぱり、女だと思ってやがったな。
まるで一目惚れしたような顔だったもんな。
「ほらほら、そんな所に突っ立ってないでこっちにいらっしゃい」
お袋が俺とまーくんに声をかける。
俺はまーくんを連れてキッチンへ行った。
テーブルに紅茶とケーキが用意されている。
「どうぞ。手作りだけど自信作なのよ」
お袋がまーくんにケーキを勧めた。
「ありがとう、おばさん。相変わらずケーキ作るの好きなんだね」
まーくんは嬉しそうににっこり笑うと、ティーカップを口に運ぶ。
俺はその様子から目が離せないでいた。
だって、ほんとに可愛いんだ。
男だってわかってるのに、そんな事どうでもよくなっちまうくらい可愛い。
俺、ヤバイかも。
そして俺は、まーくんがケーキを食べるのをずっと見つめていた。
まーくんがケーキを食べ終わるのを待って俺はまーくんを自分の部屋に連れて行った。
弟たちにこれ以上まーくんを見せたくないってのと、まーくんと2人でいたいってのが理由だったりする。
ただまあ、2人でいると理性飛んじゃう可能性もあるんだけどな。
男相手に理性の心配なんかしてるあたり、もう手遅れって感じ?
それって、自分の感情を認めたって事だよな。
そう、俺、まーくんに恋愛感情を持ってしまってる。
もしかしたら、8年前からかも知れない。
カッコ良かったまーくんも、今の可愛いまーくんも、大好きなまーくんであることに変わりはないんだ。
ただ問題がひとつ。
まーくんも俺も男だって事。
業界でそういうのに慣れてる俺は別に男同士でもいいやなんて思っちゃってるけど、まーくんは多分そうじゃない。
例え俺の事を好きだったとしても、それは恋愛感情じゃない筈だ。
まさに衝撃だった8年ぶりの再会は、俺にかなりの試練を与える事になった。
「何考え事してるの?」
まーくんが俺の顔を覗き込んできた。
「あ、いや、何でもないよ」
俺は慌てて頭を振る。
まーくんがいる事、忘れてた。
「それにしても、ほんと久し振りだね。まさかケイがこんなにカッコ良くなってるとは思わなかったよ」
まーくんは懐かしそうにそう言って俺の部屋を見回した。
俺の家にまーくんが来るのも8年振りなんだよな。
「俺もまーくんがこんなに可愛くなってるなんて思わなかったよ」
「ケイだってちっちゃい頃はすごく可愛かったじゃない」
俺の言葉に、まーくんは口を尖らせてそう言った。
つまり、8年経ってお互い逆になっちまった訳だな。
「まーくん、彼女とかいる?」
何となく、俺は訊いてみた。
「ん、いないよ」
机の上にあった雑誌をぱらぱらめくりながら、まーくんは答える。
「俺さ⋯⋯」
「ケイはどうなの?」
「いないよ」
「そっか」
俺が答えると、まーくんは再び雑誌をめくり始めた。
そこで会話が途切れて、俺はベッドに寝転んだ。
まーくんが雑誌を置いて、ベッドの側に来る。
そしてまーくんは俺の顔を覗き込んだ。
何か目が潤んでて超可愛い。
「ケイ」
「何?」
「ごめんね」
「え?」
何でいきなり謝ってくるんだ?
と思った時には既にまーくんの顔は目の前に迫ってて。
まーくんの唇が、俺の唇を掠めた。
そしてすぐに離れていく。
「まーくん!?」
俺は離れたまーくんを追うように飛び起きた。
まーくんは俺に背を向けている。
「ごめん」
そして小さな声でそう謝った。
ちょっと待て。
どうしてここでごめんなんだ?
「まーくん?」
「ごめんね。俺、ケイの事好きなんだ」
まーくんは俺に背を向けたままそう言って、肩を震わせた。
「へっ!?」
思いがけない告白に、俺は頭が真っ白になった。
今まーくん、何て言ったんだ?
「8年前、初めて会った時からずっと好きだったんだ。いくら可愛いからって、男の子好きになるなんておかしいって思って諦めようとしてたんだけど、ダメみたい。でもこれでちゃんと諦めるから」
まーくんは必死な様子で俺にそう言った。
要するにそのためのキスって事?
まーくんも俺の事、8年前から好きだった?
「じゃあもしかして、この8年1回も会いに来てくれなかったのも、そのせい?」
「ごめんね。俺、いいお兄さんでいる自信なかったから。だけど男らしくなってモデルで活躍し始めたケイを見て、これなら諦められるって思ったんだ。今ならあの頃の思いを断ち切れるって思って」
まーくんはそう言ってうなだれた。
何だよそれ⋯⋯。
もしかして俺ら、8年も前から両想いだったって奴?
俺はようやく頭が回り始めた。
そして、ベッドから降りてまーくんに近付く。
ゆっくり背後から抱きしめると、まーくんはびくっと震えた。
「ケイ?」
「俺も、ずっと好きだったよ。まーくんも同じ気持ちだったなんて嘘みたいだ」
まーくんの耳元で囁く。
「え?」
まーくんは驚いて顔をあげた。
俺が腕を緩めると、体を反転させて俺の顔を見る。
「好きだよ。8年前からずっと」
俺はそう言ってまーくんを見つめると、ゆっくりとその唇を塞いだ。
もう夢みたいだ。
大好きなまーくんが俺の腕の中にいるなんて。
唇を離すと、頬を上気させたまーくんの顔が目に入った。
潤んだ眼差しで俺を見つめている。
ヤバイって思う前に、理性は空の彼方に吹っ飛んで行ってしまった。
俺はまーくんをそのまま床に押し倒した。
まーくんは抵抗しようとしない。
「ケイ⋯⋯」
「まーくんが欲しい」
「うん。俺も、ケイがほしいよ」
俺が見つめると、まーくんはゆっくりうなずいた。
そして再びキスしようとしたその時だった。
「雅宏さーん。バカ兄貴なんかほっといて下でゲームしようよ」
ノックするのももどかしくドアを開けてそう言ったのは、友幸だった。
ブッ殺す。
しかし友幸はそんな俺の殺気にも気付かないでまーくんに笑いかけている。
ちっ。
やっかいなライバルになりそうだ。
「雅宏兄ちゃん、俺とも遊んでよー」
智も甘えた声を出しながらやって来た。
こいつもか。
まーくんが苦笑して俺を見る。
俺は大きくため息をついた。
「お前らの相手は俺がしてやるっ」
「バカ兄貴なんかに用はねーよっ」
「俺は雅宏兄ちゃんと遊びたいのっ」
俺が飛び掛ると、2人のバカ弟も負けじと応戦してきた。
俺たち3人がドタバタと騒ぐのを、まーくんは相変わらず苦笑を浮かべて見ている。
やがて階下から「何騒いでるのっ!」とお袋が怒鳴るまで、俺対弟2人の無差別級異種格闘技戦は続いたのだった。
終。
最初のコメントを投稿しよう!