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電車に乗り、家までの暗い夜道を歩いているけれど、手はずっと握られたままだった。私が何を話しかけても怜央くんはずっと黙っていたけれど、二人の住むマンションが見えてきたところで、ようやく口を開いた。
「紗江、何してんの」
「なにが?」
「なんで倉本さんに口説かれてんのって聞いてる」
「……知らないよ……」
私だって驚いている。本気だとすれば今まで大した会話もしていなかったのにどうして? という気持ちも強い。なにより、来週からどういう顔をすればいいのだろう。
「でも、どうすればいいかな……」
独り言のつもりだった。でも怜央くんは反応し、ぴたりと立ち止まって私を見る。怜央くんを見上げると、久しぶりに見たよそよそしい笑顔があった。
「相談に乗ってあげるから、うちおいで」
「……うん」
握られた手にはさらに力が込められる。怜央くんの目に自然とうなずいていた。
「……お邪魔します」
もう見慣れてしまった怜央くんの部屋だ。それでも毎回足を踏み入れる瞬間は緊張する。
「はいどうぞ」
ガチャン、と鍵が閉まる音。次の瞬間には、強い力で引き寄せられた。背中をぐっと押さえつけられているせいで、怜央くんの胸に頬がぶつかる。
「きゃっ……な、なに!?」
「今日はなにもしない予定だったんだけど……俺の家に入っちゃったね」
「だって、相談に乗ってくれるって」
「そうだね。ベッドで聞くよ」
冷たい声が響く。温もりが離れて行くと、手を掴んだまま、目を合わせず私に背を向けた。
「……怒ってる?」
「なんで? そんなわけないよ」
振り返った怜央くんはうさんくさい笑顔を張り付けていた。薄々気づいていたけれど、私を引っ張ってきたくせに、怜央くんはずっと機嫌が悪い。今だって握っている手が痛いほどだ。
「怜央くん、手、離して」
「……」
怜央くんはそのまま私の手を引き、いつものベッドへと投げ出された。いつもと違うところは、おいしいごはんも優しい笑顔も無いところだ。
「今日は、どこまでしようか」
怜央くんの不敵な微笑みに、私の身体は固まっていた。
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