04.別人

6/6
748人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
 電車に乗り、家までの暗い夜道を歩いているけれど、手はずっと握られたままだった。私が何を話しかけても怜央くんはずっと黙っていたけれど、二人の住むマンションが見えてきたところで、ようやく口を開いた。 「紗江、何してんの」 「なにが?」 「なんで倉本さんに口説かれてんのって聞いてる」 「……知らないよ……」  私だって驚いている。本気だとすれば今まで大した会話もしていなかったのにどうして? という気持ちも強い。なにより、来週からどういう顔をすればいいのだろう。 「でも、どうすればいいかな……」  独り言のつもりだった。でも怜央くんは反応し、ぴたりと立ち止まって私を見る。怜央くんを見上げると、久しぶりに見たよそよそしい笑顔があった。 「相談に乗ってあげるから、うちおいで」 「……うん」  握られた手にはさらに力が込められる。怜央くんの目に自然とうなずいていた。 「……お邪魔します」  もう見慣れてしまった怜央くんの部屋だ。それでも毎回足を踏み入れる瞬間は緊張する。 「はいどうぞ」  ガチャン、と鍵が閉まる音。次の瞬間には、強い力で引き寄せられた。背中をぐっと押さえつけられているせいで、怜央くんの胸に頬がぶつかる。 「きゃっ……な、なに!?」 「今日はなにもしない予定だったんだけど……俺の家に入っちゃったね」 「だって、相談に乗ってくれるって」 「そうだね。ベッドで聞くよ」  冷たい声が響く。温もりが離れて行くと、手を掴んだまま、目を合わせず私に背を向けた。 「……怒ってる?」 「なんで? そんなわけないよ」  振り返った怜央くんはうさんくさい笑顔を張り付けていた。薄々気づいていたけれど、私を引っ張ってきたくせに、怜央くんはずっと機嫌が悪い。今だって握っている手が痛いほどだ。 「怜央くん、手、離して」 「……」  怜央くんはそのまま私の手を引き、いつものベッドへと投げ出された。いつもと違うところは、おいしいごはんも優しい笑顔も無いところだ。 「今日は、どこまでしようか」  怜央くんの不敵な微笑みに、私の身体は固まっていた。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!