Vintage

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「六華、久しぶり。私達今から歌うよ。六華からしたらダメ出ししたいとこばっかりかもしれないけど、一生懸命やるからさ。聴いててね」  六華がそこにいてくれると信じて言葉を紡いだ。深呼吸をしてそれぞれが立ち位置につく。目配せをして、私は六華の声を再生する。 「one、two――」  六華のカウントを合図に、季依ちゃん、真由子、周のコーラス隊と瑛大のベースで優しいイントロが始まる。テンポ90のゆったりとした曲調に合う、二長調の美しいハーモニー。そこに六華のパーカッションが入ってくる。それだけでもう、鳥肌が立つ。  恋人とも友人ともとれる相手との出会いと、それまでの自分の生き方を歌うAメロ。まずは私、そして繰り返す同じメロディでリードを真由子に変わる。私が大好きなBメロの歌詞では、リードが周に変わる。サビにかけてハーモニーの厚みが増す。リードが私に戻る。  タイトルの意味が出てくるサビ。みんなと視線が絡み合う。良い緊張に、鼓動が高鳴る。大丈夫、良い演奏ができている。  二番のAメロは季依ちゃんから。繰り返しは周に。Bメロは私。そしてこの曲はサビにはいかず、Dメロが入る。Dメロのリードでは真由子の深みのある美声が響き渡る。  こうして改めて歌割を見ると、六華がメンバーそれぞれが輝けるようにと考えて曲をアレンジしてくれていたことに気づく。やっぱり私は元の曲も好きだけど、アカペラ用に六華がアレンジしたこの歌が大好きだ。  そしてまたサビに向けて膨らむハーモニー。その時不意に、頬に冷たいものが触れた。顔を上げると、青空なのに雪が降り始めていた。  雪。雪の結晶――六華。  六華が舞い降り、私達を包み込む。  これは天からの贈り物? それとも、私達の歌を聴いた六華がここに飛んで来てくれたの? どちらにしろ、今の私たちにとってこれは最高のプレゼントだ。  このタイミングは反則だよ、六華。私、まだ歌わないといけないのに。  視界がぼやける。鼻の奥がつんとする。だめだ、あと一分くらい頑張らないといけないのに。
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