Vintage

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「皆さんに教えないといけないからって、楽譜を作るといつも全部のパートを撮っていたんです」  六華は音楽の才能に溢れていた。クオリティが高いだけじゃない、人に届け胸を打つ力が尋常じゃないのだ。だけどそれぞれのパートを歌うメンバーのモチベーションを削ぎたくないと自分の多才さを上手く隠していたから、今目の前でパート動画が再生される度に私以外はすごく驚いた顔をしていた。  私はたまたま六華が歌っているのを聞いてしまったことがあって、六華のすごさを知っていた。あまりのクオリティに、私がリードを担当すべきじゃないと言ったこともある。 「俺はお前の声が好きなんだ。お前の横でリズムを打ちたいんだよ。お前が歌わないなら俺はVintageから抜ける」  あの日、恥ずかしさを隠すように拗ねた口調で私に言った六華の姿も、声も、空気も。全て鮮明に覚えている。その映像が、動画の中で歌う時の止まった六華と重なる。  六華の声がもう聴けないなんて、やっぱり耐えられない。全員が同じ気持ちだった。 「六華のこのボイパ、流しながら歌おう」 「うん、六人で」 「全員で」  六華の心と声は、私たちが取り戻してみせる。  六華の音を流しながらひたすら練習した。風花ちゃんは寒いだろうに、少し離れたところからじっと私たちを見つめていた。  冬晴れの水色が黄金色になり、紅くなっていく。それぞれがそれなりの手ごたえを感じていた。 「これなら明日、六華に届けられるよね」  全員で目を見て頷き合う。そこに揃った瞳に迷いや曇りはなかった。
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