Case.2 神様が百円玉を貸してくれなかった場合

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 北風が音を立てて走り抜ける。  切り揃えた前髪が私の睫毛を掠め、彼は身体を縮めて「さむっ」と零した。 「くそー、コンポタで暖を取る予定だったのに」  カラフルに点滅する自販機のボタンを恨めし気に見ながら彼は呟いた。  こんなの、見たくなかったな。  そう思った瞬間、私は一歩、彼に向かって踏み出していた。   「じゃあさ」  そんな顔見たくない。  私が見たいのは、もっと違う顔なんだ。  また一歩、歩み寄る。  思えば、私はいつも待ってた。  彼が誘ってくれるのを。彼が話してくれるのを。彼が笑ってくれるのを。  歩み寄る。  いつまでも待ってばかりじゃ、ダメだよね。 「コンポタの代わりに、こういうのはどうかな」  そう言って。  彼の細い首に、私の余ったマフラーを回した。タータンチェックのマフラーが彼と私を繋ぐ。  それから数秒の間があって。  彼は頬を零すように微笑んだ。 「……あったかい」  うん、やっぱりこうでなくちゃね。  頬を赤らめて蕩けそうな表情の彼を見て、私もあたたかく満ち足りた気持ちになる。  初めて動くことのできた自分を褒めてあげたい。 「明日はちゃんと百円持ってきなよ?」  そして何より。 「絶対忘れない。約束する」  ーー今日マフラーを持ってきた自分は、本当に偉い。
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