依頼人の奇妙な話

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依頼人の奇妙な話

 ここは奥真探偵事務所。そこそこ名の売れた探偵である私の叔父・奥真泉造と、姪である私・奥真級香が二人で切り盛りしている何でも屋だ。  皆が夢見る名探偵っぽい捜査から、浮気調査、除霊まで様々なことを営んでいた。繁盛の具合は、少し皮が外れたソファや傷のついた机から容易に想像ができる……と思う。  先程の電話主である人間の女性と、今日の当番である私は向かい合って座っていた。私は電話内の会話を書き起こしたメモを、何度も読み返す。 「つまり、名前を落とした……と」 「はい……」 「失礼ですが、物忘れが激しいという経験は?」  当然の質問に女性は目を伏せる。綺麗なまつげだ。化粧っ気がないあたり地毛だろう。 「ありません。よくそそっかしいとは言われますが……多分、これを見ればただの欠乏症じゃないことはご理解頂けると思います」  女性が差し出したのは一枚の自動車免許だった。目の前に座る女性を写した写真や、住所に生年月日などが書かれているが── 「名前の欄が空白になっている……?」 「実は玄関のポストや電話帳、私のすべての持ち物から私の名前だけが消えているんです」  女性は鞄からスマホを取り出し、様々な個人情報が書かれている画面を映した。そこに名前だけがない。  受け取って何件か本名で記載されていそうなページを開いたが、名前の欄だけが空白を決め込んでいた。コピペなども試したが、背景に溶け込んでいる訳でもなく、名前の文字だけがすっぽりとどこかへ行ってしまっているのだ。不気味さが、私の背中をぞわりとなぞる。 「友人にも私の名前を聞いたのですが、何故か思い出せないと……」 「ご両親の苗字は?」 「それが、親は物心ついた時からいなくて……」 「失礼しました。では何か、名前を失った心当たりは?」  人の仕業か、魑魅魍魎の類か。それだけでも絞りこめることができたなら……それに、盗まれたでも無くなったでもなく「落とした」という表現をするのが妙に引っかかる。 「一つだけ、あります」  遠慮がちだった言葉たちをかき消すためになのか、女性は大きく息を吐いた。ここから(つづ)られる話は、絶対に聴き逃してはいけない。そう思わせるだけの気迫がある。 「落周嶋(らくしゅうじま)の門という場所をご存知ですか?」
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