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「社長、ようやく書類が全て整いました」
「何もこんな時にまで仕事をしなくても」と、溜息混じりで新郎控え室に入って来た石崎は祝い用の白いネクタイを締めている。
本日は大安吉日。
秋晴れの空には夏の熱が名残のように残るが、絶好の結婚式日和だ。
「後は役者が揃えば全て好し」
「何が、何処が、どれが、好いんですか。本当に役者が揃うかどうかも分からないのに」
招待客まで大勢呼びつけておいて新婦の姿は未だない状況に、さすがの石崎も頭を抱えている。
インカムを付けている石崎は出席者扱いではなく、八紘の筆頭秘書として式運行の裏方主任を任せている為、本来は仕事中なのだ。
「あんな罠まで用意して」
「人聞きの悪い奴だな。事実を書き残してきただけだろう」
「あんな罠にひっかかるなら相当のおバカさんですよ」
「もしくは相当、俺に惚れてるかだな」
「言ってろよ」
とうとう本当に自分の仕事を放棄した石崎に八紘は愉快気に嗤う。
式の前日、昨日になってようやく絵理沙が見つかったと八紘の屋敷へと弓束が娘を連行して来た。
どうやら相愛になった男が居るらしいが、相手は成り金趣味の弓束が気に入るような男ではなく、苦学の末に考古学者になった一文無しに近い壮年の男だった。
絵理沙はその男に付いて、あちらこちらの発掘現場に赴いていたらしい。
『我儘もほどほどにして大人しくしていなさい』
そう言い残し、弓束は絵理沙を置いて「明日の式の用意があるから」と八紘への挨拶もそこそこに屋敷から出て行った。
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