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雪春の絵を正体を隠させた春之に自ら届けさせ、相手が彼を気に入るようなら上乗せの代金で体を差し出せと命じた。
「高校を卒業してからってのは嘘か」
「多分、本当に体を売ったのは描けなくなってからだと思う。それまでは触られるくらいまでしかさせてないよって言ってたから」
体を触らせていたと知っただけでも不快だったが、今それを絵理沙に言っても仕方ない。
「描けなくなった?」
「理由は分からないの。ただ最後に子兎の絵を描いてぱったりと描けなくなって。毎日吐いて苦しんでた。多分、その頃から……」
絵理沙の濁した先は八紘も知っていた。
あまりの弓束の無体に娘として黙っていられなかった絵理沙は、嫌なら逃げなと諭したらしい。それでも春之は首を立てに振らなかった。
――両親が死んでも守りたかったのは、僕ではなくこの画廊と絵達だから。
何て悲しく、淋しい言葉だろう。
春之の求めた温もりの遠さに目眩がする。
そうまでして画廊と絵に寄り添ったと言うのに、目的を達成した弓束によって春之は有無を言わさず追い出された。
長い間自分の身代わりにされていた春之の状況を知った絵理沙は、渋々、八紘の元に来る決意をしたが、やはり想い人を諦められず脱走してしまったと。ここでも春之が身代わりになってくれていたんだねと泣いた。
「好きな奴がいるなら最初からそう言って出て行けよ」
「そう言うけど、私達ちゃんと顔を合わせたのはこれで三回目よ」
思わずいつも通りの尊大な物言いで発した言葉に、ムッと言い返されて石崎を返り見る。
「そうだったか」
「私が知るはずないと思いませんか、社長」
呆れた視線を送られて、話を逸らす相手を間違えたと悟った。
「こんなこと頼めた義理じゃないんだけど」
絵理沙は言い難そうに、それでもしっかりと八紘へと顔を向ける。
「春之くんを幸せにしてあげて」
「うわ、本当に頼む義理なし。言われなくても、するっての」
顔を顰めて反論していると、背後からコホンとわざとらしい咳払いが聞こえた。
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