663人が本棚に入れています
本棚に追加
―花嫁捕獲計画―
「石崎、少しギャラリーの方を見てくる」
「いや、本当に、じっとしていてください」
「何もする事が無くて暇すぎる」
式が始まるまであと三時間。
仕掛けた罠に春之はちゃんと掛かってくれるだろうか。
まだ少しでも俺の事を想っているのなら。
まだ少しでも俺の事を求めているのなら。
まだまだ、この温もりが欲しいなら。
――ここに来い、春之――。
紋付袴姿のままホテルの外へと向かい、少し離れ風に建てたギャラリーへと足を向ける。
そこではスタッフ達が、明日の新改装オープンを前に慌ただしく搬入作業を行っていた。
「お疲れ様」
擦れ違う一人一人に労いの言葉を掛けながら、八紘は自身が作業の邪魔にならないように、ホールの隅へと身を除ける。
八紘の屋敷でも朝から次々と、搬出準備が始まっていた。
どこか近くで春之が屋敷の様子を見ていたら、運び出されているのは雪春の絵だと分かるだろう。
あの屋敷に飾っている絵は全て雪春だ。その全てを、子兎の絵を探していた春之は目にしているのだから。
八紘と祖父の屋敷から雪春を全て運び出し、このギャラリーに一纏めにする。それが八紘の目的だった。
「社長、秘書課の石崎さんよりご連絡が」
ギャラリーのスタッフから内線を受け取り「俺だ」と応じる。
『お待ちになっていた方が屋敷に来られたそうですよ』
「で、反応は」
『それは見事に脱兎の如く走り去られたと』
八紘は石崎の言葉にククっと肩を揺らし、自身の腕時計を見遣った。
「春之の足で来るなら時間ギリギリだな」
『本当に勘弁して下さい。美人のホームレスが来たら無条件で通せなんて指示、いつの間に出したんですか』
内線の向こう側で石崎は「呆れた」と盛大な溜息を吐いている。
最初のコメントを投稿しよう!